第17章 【信玄編・後編】※R18※
竜昌は、手拭を取り出して素早く折りたたむと、傷口に当て、ぐっと手のひらで押さえつけた。
小屋の中はしんと静まり返り、少しだけ荒い信玄の呼吸と、竜昌の呼吸がやけに大きく感じられた。
しばらくそうしていると、やがて出血が止まったのか、竜昌は静かに手を離した。
信玄は口から手甲を離すと、大きく息をついた。
すると突然、竜昌のいる背後から、しゅるしゅると衣擦れの音がした。
後ろを振り返ろうとすると、竜昌がやんわりと手で背中を押してきた。見るなということだろう。
信玄が仕方なく前を向いたまま、手の中にある竜昌の手甲を見つめていると、目の前をふわりと白いものが横切った。
それは信玄の肩から胸を回り、また背中へと戻っていく、まっさらな晒し布だった。
竜昌の手が後ろから伸び、晒し布を器用に信玄の身体に巻き付けていく。
なぜかほんのりと人肌に温かいその布が、元々どこに巻かれていたのか、信玄はなるべく考えないようにした。
傷口を押さえ、左腕を固定し終わると、竜昌はスッと静かに立ち上がった。
そして、まるで独り言のように「馬を見てくる」と小さな声で呟くと、足早に小屋から出て行った。
小屋の扉は開け放しである。信玄の刀も脇差も、側に置かれたままだ。
『逃げろ…ということか…』
信玄は手甲を強く握りしめた。
竜昌は小屋を出て、春雷のもとへと行った。
繋がれてすらいないのに、春雷は小屋の裏手で大人しくしている。
竜昌は、少し しゃがんで春雷の脚に触れた。
少し熱を持っているようだが、嫌がらないところを見ると、腫れたり痛んだりはしていないようだった。
「ありがとう春雷、無理させてごめんね…」
竜昌がそう言うと、春雷は甘えるように、竜昌の髪に鼻筋をすりつけた。
竜昌は春雷の首に腕をまわし、そっと抱きしめた。手に触れる艶やかな鬣(たてがみ)が、さっき手当をする時に触れた、信玄のやわらかな茶色の髪を思い出させた。