第17章 【信玄編・後編】※R18※
幸運なことに、すぐ近くに杣人たちが休憩に使う、杣小屋があった。
竜昌は春雷から飛び降りると、その小屋へ駆けていった。その後ろから春雷がゆっくりと付いていく。
小屋には誰もいなかった。
竜昌が戸をあけ確認すると、中には簡素な囲炉裏と、わずかばかりの生活道具も置いてあった。雨水を溜めた水甕もある。
竜昌は、信玄に向かって手招きをした。
信玄は矢の刺さった左肩をかばいながら、ずり落ちるように春雷から降り、小屋の中へと入った。
竜昌は春雷を隠すように小屋の裏手に連れていった。
「ふう…」
信玄は框(かまち)に座ると、深く息を吐いた。
ずきずきと痛む肩。左腕はすでに痺れ、ほとんど感覚がない。血濡れてべったりと背中に張り付く着物が、気持ち悪かった。
ガタリ、と戸が閉まる音がして、顔をあげると、そこには厳しい顔をした竜昌が立っていた。
安土城下で会ったときの、あの初々しい乙女のような面影はなく、それは「武将」の顔だった。
二人は無言で見つめ合ったまま、時間だけが流れていく。
「───久しぶり、」
最初に口を開いたのは信玄だった。
しかし竜昌は、表情をぴくりとも動かさずに、その黒緑色の瞳で信玄を見据えたままだった。
「まずは…お礼を言わせてくれ。あの矢の雨から救ってくれてありがとう」
「…」
竜昌は無反応だった。
信玄は困ったように眉尻を下げた。
「…あの馬は君のか」
「…」
竜昌は無言のまま、コクリと小さく頷いた。
「いい馬だな」
ほんのわずか、竜昌の表情が緩んだような気がした。
『馬を褒められたら反応するのか』
竜昌の意外な反応に、思わず頬を緩めた信玄を見て、竜昌は気を引き締めなおすように唇を引き結んだ
再び沈黙が訪れる。
やがて竜昌は固唾を飲むと、小さくつぶやくように言った。
「────盾にして、済まなかった」
「ああ、これのことか。大したことじゃない。君に怪我がなくて良かった」
「傷を…見せて」
「いや…」