第17章 【信玄編・後編】※R18※
できるだけ軽くして春雷の負担を減らす────つまり走って逃げきるつもりらしい。
信玄は、唯一残った自分の甲冑で、追っ手から竜昌を守るように、その背中にぴたりと張り付いた。
それからどれくら走っただろうか。すでに敵の気配はあたりから消えていた。
春雷の息は荒く、走る速度も落ちてきていた。
足腰が丈夫だと言われる秋津産の馬でも、さすがに大人二人を背負っての全速力は無謀だ。
そのとき、春雷がわずかに首を振った。
竜昌が顔を上げると、空気の中にわずかに水の匂いが混じっているのに気付いた。竜昌は道からそれ、春雷を繁みの中へと誘導した。
予想した通り、繁みの奥に小さな沢の流れがあった。人のくるぶしほどしか水がない小さな流れだったが、今の竜昌たちにとっては天の救いだった。
春雷は二人を乗せたまま水の中に入ると、首を下げて、美味しそうにぐびぐびと水を飲みはじめた。
『春雷ごめんね、もう少しだけ上流にいこう』
竜昌は、春雷の首筋を労わるように撫でた。
春雷は顔をあげ、水上に向かってそろそろと歩き始めた。
川の中を進むことによって、足跡や匂いを消し、追っ手を撒くことができる。
しばらく沢を登ったところで竜昌たちは対岸へ渡り、再び林の中を進みはじめた。
途中、横たわっていた倒木をまたぐために、春雷が大きく跳ねた。
その衝撃で二人の身体が揺れたとき、竜昌の背で、信玄のが「ふっ」と短く息を吐いた。
竜昌がおそるおそる後ろを振り返ると、信玄の肩に、深々と突き刺さった矢が見えた。
「あっ…」
竜昌の視線に気づいた信玄は、やや青白く見えるその唇に、かすかに笑みを浮かべた。
「…大丈夫だ。骨に当たった。深くはない」
「でも…」
「足手まといなら、ここに置いていってくれ」
「…」
竜昌はそれには答えず、辺りを見回した。
深い林の中で、わずかに明るく見える方角に、竜昌は馬を進めた。
はたしてその場所に、竜昌は目当ての物を見つけた。伐採された跡の、木の切り株だ。
いくつかの大きな切り株があるということは、このあたりには杣人(そまびと=木こり)がいるということだ。