第17章 【信玄編・後編】※R18※
竜昌は、降り注ぐ矢を刀で薙ぎ払った。
兵吾の口笛のおかげで、矢は当たりこそしなかったが、二の矢、三の矢が竜昌を狙って次々と放たれる。
開けた野原に単騎でいる竜昌は、まさに格好の的だった。
弓兵たちの背後には、風林火山の幟がはためいている。武田の伏兵に違いない。
急いで身を隠す場所を探すため、首を巡らす竜昌の視界を、何かが遮った。
「やめろーッ!!こいつは俺の敵だ!!」
大音声が辺りに響き渡る。
そう叫んだのは、竜昌と弓兵の間に割って入ってきた信玄だった。
「!?」
驚いて信玄を見る竜昌。
しかし次の瞬間、信じられないことが起こった。
丘の上の弓兵たちは、主君であるはずの信玄を、竜昌もろとも射抜かんとばかりに、さらに矢を放ったのだ。
「おい、お前たち、やめろ!!」
たとえ信玄の声は届いていなくとも、信玄の旗印や鎧兜などは見えているはずだ。
信玄は、飛んでくる矢を必死に刀で弾きながら、まるで自らが盾になるかのように、竜昌に馬を寄せた。
その時、矢の一本が信玄の馬の首に命中した。
悲鳴をあげながら後脚を跳ねあげた馬が、信玄を振り落とした。
主を失った馬はその場から動くこともできず、次々と飛んでくる矢を全身に受け、哀れにもその場に倒れ込んだ。
信玄はからくも立ち上がり、飛んでくる矢を避けながら叫んだ。
「ありゃうちのモンじゃねえ!行け!!」
落馬してしまった信玄にうろたえている竜昌は、引くに引けず、二の足を踏んだ。
その間にも矢は 情け容赦なく二人に降り注ぐ。
「早く!!」
再び叫ぶ信玄。
しかし竜昌は矢の雨から逃げようとはせず、馬上から手を差し出した。
「乗れ!!」
「え…」
信玄の目に、ためらいの色が走った。
竜昌が頬当ての下から叫ぶ。
「彼奴らの狙いは私たちだ。引き離す!」
竜昌の強い声と、まっすぐな眼差しに射貫かれ、信玄は覚悟を決めたようにその手を取った。そして鐙に足をかけると、ひらりと竜昌の後ろに飛び乗った。
「ハァッ!」
背中に信玄の体を感じるやいなや、竜昌は馬の腹を蹴った。
竜昌の愛馬・春雷は、弾かれたように二人を乗せて走りだした。