第17章 【信玄編・後編】※R18※
『なかなかやるじゃないか、織田の』
信玄は横っ腹から突っ込んでくる先頭の武者を見て、不敵に笑った。
いまや信玄側の兵たちは完全に分断されてしまい、軍隊としての用を為さない。最後の頼みの綱は、信玄の側に控える本隊だけだった。
しかしこの本隊は、甲府から信玄に付き従ってきた、百戦錬磨の兵たちであった。馬の扱いにも慣れている。
「よーく引きつけろよ…」
怒涛の勢いで突進してくる騎馬隊を、信玄の本隊は慌てず騒がず迎え撃った。目前まで迫ってきた馬の脚元にむけて、歩兵が両端に分銅のついた縄を投げかける。
縄に脚をとられた馬が転倒し、どうと地面にたたきつけられた。
それに躓いたり、驚いて棹立ちになり騎手を振り落とす後続がいる一方で、残った者たちは速度を落とすことなく、本体に襲い掛かった。
先頭の武者は転倒することもなく、一瞬の迷いも見せずに信玄に向かって斬りかかってきた。将を落とし、素早く決着をつけるつもりなのだろう。
大太刀を抜き放ち、大きく振りかぶった信玄と、目が合った。
「!!!」
騎馬武者は、もう少しで信玄に刃が触れるかという寸前で、突然 馬首を逸らし、疾風のように信玄の横を駆け抜けていった。
『なんだ!?』
今の間合いであれば、信玄に一太刀浴びせるこができたはずだったはずだ。
刃を受ける気満々で待ち構えていた信玄は拍子抜けを喰らい、後ろを振り返った。
ちらりと見えた騎馬武者の その背中にはためく旗印は織田の紋ではなく──────
騎馬武者は、少し離れた場所でくるりと振り返り、馬を止めてじっと信玄のほうを睨みつけた。
頬当の上から覗くその眼には、ぎらぎらとした闘志が漲っている。
『まさか…』
信玄は、周りで斬りあう兵たちの怒声や剣戟の音が、ふと消えたような感覚に襲われた。
騎馬武者は、何か見えないものを断ち切るように、ぶんと剣を大きく振り払うと、馬の脇腹を蹴って、再び信玄に向かって突進してきた。