第17章 【信玄編・後編】※R18※
馬上から檄を飛ばした竜昌に、兵たちが拳を天に突き上げて答えた。
「おー。気合入ってんなー」
見送りに来た政宗が、からからと笑う。
その隣では秀吉が、腕を組み、眉根に皺を寄せたまま、ぞろぞろと門を出ていく兵たちを見送っていた。
「どうした?妹御の出陣が心配か、兄者」
「ん、いや…」
政宗の揶揄うような言葉にも、秀吉はその表情を弛めようとはしなかった。
今回、竜昌が引き連れていくのは、騎馬隊を中心とした二百の兵。決して多い数ではないが、いずれも秋津からの古参兵を含めた精鋭揃いだ。
報告によれば、各地に出没している武田残党は、百騎余りの規模であるらしい。
将である竜昌の才を鑑みれば、兵力は十分のはずだった。
馬上に凛と背筋を張った竜昌が、秀吉と政宗の前を通りすぎた。その身体には闘志が漲っているように見える。
しかし秀吉の脳裏には、いまだにあの時、倉の中で信玄を想い、身も世もなく泣き崩れていた竜昌の姿があった。
竜昌と兵たちは城を後にし、秀吉の溜息とともに、門は閉じられた。
─── ◇ ─── ◇ ───
「ふゎ~…幸、いま何時だ?」
「…御館様、おやつはさっき食べたでしょ?」
気怠そうに馬上でうんと伸びをすると、信玄はこきこきと音を鳴らすように首を廻した。
全くやる気の無さそうな主君の仕草を見て、幸村は肩をすくめた。
しかし、やる気が出ない気持ちはわかる。
居候として世話になっている春日山城の主・上杉謙信から頼まれたとは言え、縁もゆかりもない同盟国の小競り合いの鎮圧に駆り出されたのだ。
肩慣らしにはちょうど良い、などと嘯きながらも、その表情は常に気怠げだった。
しかし、表面上はやる気の無さを取り繕いながらも、信玄の意識は別のところにあった。
配下の三ツ者からの報せによると、裏からこの小競り合いの手を引いているのは、織田軍であった。
『…しかしなぜ、信長ともあろう者が、ちまちまと小競り合いを繰り返すようなことを…』
正々堂々と隣国を攻め落とす軍事力を、織田軍持っているはずだった。それなのに、少人数で国境をあちこち刺激し、まるでこちらを挑発するような動きをするのが、解せなかった。