第17章 【信玄編・後編】※R18※
「私にお任せください」
凛とした声が安土城の広間に響き、居並ぶ武将たちはざわついた。
ついさきほど秀吉から、国境を脅かす武田軍の残党の報告を受けたばかりだった。
兵力こそ少ないが、織田軍の拠点となる小さな砦を急襲したり、村を襲って兵糧を巻き上げたりしていると言う。
そのような小さな小競り合いが同時多発的にあちこちで起きているということだった。
季節はもう初夏を迎えていた。
以前より少し痩せた肩に、涼し気な麻の衣をまとった竜昌は、まっすぐに手を挙げて、信長の方をじっと見つめた。
武将たちがざわめくのも無理はなかった。春まだ浅い如月の頃、竜昌が武田信玄と起こした騒動を知らぬ者はいなかったからだ。
「お、おい、竜昌…」
心配そうに竜昌を見つめる秀吉の視線を感じてはいるが、竜昌の表情はぴくりとも動かない。
秀吉が上座の信長を見やると、信長はその緋色の瞳で、まるで楽しいものを見つけたかのように、じっと竜昌を眺めていた。
しばらくの沈黙の後、信長が口の端を持ち上げて、ニヤリと笑った。
「良かろう竜昌、見事 武田の亡霊どもを討ち取って見せよ」
「はっ!」
竜昌は畳に伏して礼をした。
「御館様…」
同じ武将として、名誉の挽回をしたい気持ちも分からないではない。竜昌のことも信用はしている。まさか武田に寝返るなどということはないだろう。
しかし何故か胸騒ぎが収まらず、秀吉は膝の上で強く拳を握った。
─── ◇ ─── ◇ ───
「やあこれは藤生殿、頬当(ほおあて)とは珍しいですなあ」
出陣の朝。小隊長が、竜昌に声をかけた。
甲冑姿の竜昌は、普段はしない頬当をつけ、目と口を除く顔のほとんどを覆っていた。頬当には「つけ髭」までもがつけられており、まったくもって男のいでたちである。
竜昌は小隊長には答えず、低い声で『整列』と命じた。小隊長は慌てて人馬を集め、門前に整列させる。
竜昌は愛馬の春雷にも重装備を施し、万全の体勢で安土城の大手門に立った。
青空に、織田の木瓜紋と、藤生の花菱紋の幟がはためく。
「敵は死にぞこないの武田勢、今こそ我らの手で冥土に送ってやろうぞ!いざ出陣!」
「応!!!」