第16章 【信玄編・中編】
ついさっきまで、竜昌の手を頬を包み込んでいた、温かな信玄の手とはまるで違う────
『つめたい手…』
そんなことをぼんやりと考えながら、竜昌はまるで木偶のように力なく、光秀に引きずられるように安土城へと戻っていった。
─── ◇ ─── ◇ ───
「御館様、走って!この先に馬を用意してあります」
「わかった、ありがとう幸」
信玄をかばうように走りながら、幸村は背後の佐助を振りかえった。
佐助は懐から取り出した大量のまきびしを、景気よくバラバラと撒き散らしながら、幸村の顔をみてほんの少しの笑みを浮かべた。
「すまない、幸」
「帰るって文が来たのに、なかなか姿が見えないから、迎えにきて正解だったな」
「正直助かったよ」
「っあぶなーい!」
───キンッ
幸村めがけて飛んできた手裏剣を、そのすぐ横を走っていた三ツ者・雫の剣が弾いた。
「うゎっ」
「ったく、しつこいなあ」
雫は走りながら、無数の長針を取り出してその指に構えると、振り返りざまに光秀の忍びたちに向かってそれを放った。
「ぐぅっ!」
忍びたちの苦悶の声が聞こえる。
ザッと地面を蹴って、雫が道を塞ぐように立ち止まった。
「ここは私に任せて、早く!」
忍刀を構えた雫に、残りの忍びたちが襲い掛かった。
「一人で食い止める気か!?」
「若様!御館様をお頼み申します!」
「クッ…!わかった」
雫は振り返らずに、佐助に向かって叫んだ。
「佐助殿ー!もし今度お会いできたら、私にも『顎クイ』して下さいねーっ!?」
「…もちろん!」
走り去る佐助の耳に、雫の剣がたてる鋭い金属音が聞こえてきたが、それもやがて林の向こうに消えた。
信玄と佐助と幸村の三人は、林の中を風のように走り抜け、繋いでおいた馬まで何とかたどりつくと、それに乗って春日山を目指した。
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