第16章 【信玄編・中編】
神社本殿の前に来た二人は、パンパンと威勢よく柏手を打って、戎神に祈った。
「んー戎様って商売の神様だっけ?」
「そうですよー信殿は行商をされるんでしょう?戎様によくよくお参りしないと」
「それもそうだな。…どうか今までの不義理、お許し下さい戎様。商売繁盛よろしくお願い申し上げます」
「アハハハ!」
信玄が戎社に深々と頭を下げると、竜昌は珍しく声をあげて笑った。
その屈託のない笑顔が、信玄は、暗い胸の奥に小さな灯りを灯した。
「君は何を祈ったんだい?」
「え、私は…内緒です!」
「ハハハそうか。残念」
『信殿の、旅の安全を願ったなんて、言えないよ…』
「さ、戻って露店を見てみようか」
「はい!」
もはや当たり前のように手をつないで、二人は元きた参道を引き返していった。
竜昌は最後にもう一度戎社を振りかえり、心の中で強く祈った。
『どうかどうか戎様、信殿をお守り下さい。そしていつの日か、このお方が故郷へと帰れますように、導いてください…』
すり減った石段をゆっくりと降り、二人は露店の立ち並ぶ参道へと戻ってきた。
飴細工、麦湯、玩具屋、見世物小屋… 真冬の夜だったが、かがり火と人々の熱気で、ゆらゆらと陽炎が上るのが見えた。
二人は甘酒と団子を買い、石灯籠の台座に腰かけ、ぽつぽつと話しながらゆっくりと食べた。
あまり酒に強くないのか、甘酒を飲み干した竜昌は頬を赤く染め、潤んだ瞳で かがり火がパチパチと音をたてて燃えるのを眺めている。
信玄は団子を頬張りながら、竜昌の瞳の中に、かがり火の光がひらひらと踊るのを、眺めていた。
竜昌は薄く笑ってはいるが、無理に明るく振る舞おうとしているのがどうしても透けて見えてしまう。
「信殿」
竜昌は急に振り返り、その漆黒の瞳でまっすぐに信玄を見つめた。
女の扱いには慣れているはずなのに、竜昌の澄んだ目に見つめられると、なぜか心の奥を見透かされるような気分になり、信玄は戸惑った。