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【イケメン戦国】夢と知りせば覚めざらましを

第16章 【信玄編・中編】


「じゃあ今日は光栄にも、お姫様を独り占めさせてもらえるってわけか」
「…!」

竜昌が思わず顔を上げると、信玄はいつもの笑顔を浮かべていた。蕩けるように甘くて、包み込むように優しくて、でも決して本心の覗けない、鉄壁のような笑顔。
竜昌は一瞬、切なそうに目を細めたが、大きく息を吸い込むと、信玄に負けないような満面の笑みで答えた。この限りあるひとときを、永久に胸に焼き付けるために。

「行きましょうか!」
「うん」

信玄はさりげなく片手を差し出した。
最初はためらったものの、竜昌はおそるおそる右手をその大きな手のひらに重ねた。

「ああ…走ることなんてなかったのに。こんなに手を冷やして…」

そう言いながら信玄は、冷え切った竜昌の手を握り直した。ごつごつとした男らしい手のひらの感触が、竜昌の手を包み込む。手から伝わった熱がまるで全身を温めるように身体をめぐった。

『温かい…』

竜昌は、剣術の稽古で硬くなった自分の手が嫌いで、いつも舞の白くてしなやかな手と見比べてはこっそり溜息をついていた。しかし今だけは、この温かい信玄の手のひらの心地よさに、ひたっていたかった。

二人は鳥居をくぐり、参道を上っていった。
両脇には露店が立ち並び、辺りにはこれでもかというほどのかがり火が焚かれ、まるで昼間の様だった。
参拝客たちは、老いも若きも華々しく着飾り、春の訪れを告げるこの祭りを心から楽しんでいる様子だった。

「立春の夜に吹く春風が、疫病を運んでくるという言い伝えがあって、それで今日は一晩中かがり火を焚いて、疫病神がこの地に降り立つのを防ぐんだそうです」
「なるほどねえ、それにしてもすごい人出だ」
「賑わっていますねえ。みんな楽しそう」

竜昌は、人々の生気溢れる笑顔を、うっとりと眺めている。
かがり火に照らされて、明るく輝く竜昌の嬉しそうな横顔をちらりと覗き見た信玄は、ふっと顔を弛めた。

「まず最初に戎様にお参りにいこうか」
「はい!」
「手を離しちゃだめだよ」
「…は、はい…」

信玄の手が、竜昌の手を優しく引いた。
竜昌は信玄に握られた自分の手を見ながら、恥ずかしそうに顔を伏せて歩いていった。
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