• テキストサイズ

【イケメン戦国】夢と知りせば覚めざらましを

第16章 【信玄編・中編】


茶屋に着いた二人は、茶と饅頭を注文して、通りに面した縁台に座った。

「すいません、私ばっかりお話して…」
「いやいや、楽しませてもらったよ。りん殿の話を聞いて、俺も故郷が恋しくなった」
「信殿の故郷は…どのような所なのですか?」

竜昌が問うと、楽し気に微笑んでいた信玄の視線にふと憂いが宿ったように見えた。

「りん殿の所と似ているのかもなあ。深い山の中の盆地でね。このあたりで桜が咲くころに、ようやく梅がほころび始めるくらいだ」
「なるほど…」
「春になると、山裾のほうから山頂に向かって、梅・桃・桜が順々に咲いていくんだ。盆地だから、すべての花の匂いがそこに留まってね。花の時期はよく霞も立つんだが…まるで桃源郷の様だよ」
「わぁ…」

甘い匂いに包まれ、花霞に煙る山里を思い浮かべ、竜昌は感嘆の溜息を洩らした。

「…でも今は昔の話さ」
「えっ?」
「戦でね、何もかも燃えちまった」
「…!!」

唇には笑みを浮かべながらも、切なそうに地面を見下ろす信玄の横顔を、竜昌は穴のあくほどじっと見つめた。

「ごめん…なさい…」

信玄は、悲し気に潤む竜昌の瞳を見て、驚いたように目を見開いた。

「ああ…そんな顔しないでおくれ。何も君のせいじゃない」
「でも…」

信玄に向かって、さっきまでさんざんに自分の故郷の話をしたばかりの竜昌は、慚愧の念に胸を締め付けられた。

「頼む…」

信玄は竜昌の頬を、手のひらで包み込むように撫でた。その手に、熱い雫がひとつふたつと落ちる。

『マズいな…そろそろ潮時か…』

竜昌の涙を指でそっと拭いながら、信玄はいつもの優しい笑顔に戻った。本心を見せないための、仮面の笑顔。

「安土で最後に見る君の顔が、こんな泣き顔じゃ寝覚めも悪い。どうか最後に笑ってくれないか」
「え…」

竜昌の心臓がドクンと嫌な音をたてた。

しかしその時、通りの向こうで町人たちの大きな歓声が上がった。
竜昌と信玄も思わず振り返る。
/ 372ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp