第16章 【信玄編・中編】
「坊主、名はなんと申す?」
「…よいち」
「そうか与一か、いい名だな。古の、弓の名手だ」
「ゆみ?」
「そうだ、お前も精進すれば弓が得意になるかもしれんな」
「ホント!?オレもつよいおさむらいさんになれるかな!」
先ほどの憂い顔も忘れたように、腕の中で目をキラキラさせる与一を見て、竜昌は胸が切なくなった。この子もやがて大きくなり、戦に出て、そして…
「ああ、そうだな…」
竜昌が歯切れの悪い返事をしたその時、与一の身体が急激に、まるで消えたように軽くなった。
「えっ!?」
見ると、与一の両脇を、逞しく大きな手ががっしりと掴み、その身体ごと宙に持ち上げていた。
「わっ」
与一の身体は、そのままストンと 手の主の肩に座らされた。
「どうだ与一、こっちのほうが良く見えるだろう」
「わー高いー!!」
「…信殿!!」
手の主は信玄その人だった。そこらの男衆より頭一つ大きい信玄の肩車に乗せられ、与一は視線の高さに大はしゃぎだった。
突然現れた信玄にあたふたしている竜昌に向かって、信玄は悪戯っぽく笑いかけた。
「やあ、りん殿。久しぶり」
「はい…ご無沙汰を…あ、あの、これ…」
竜昌は思い出したように風呂敷包を信玄に差し出した。
「おお、わざわざ城下まで届けに来てくれたのか。かたじけない」
「はい…」
「だが生憎、今はこの通り手が埋まっていてね。もう少し…せめてこの子の親が見つかるまで、持っていてくれないかな?」
「は、はいっ!もちろん!」
信玄は、肩車をした与一の足を、両手でしっかり支えながら、通りをゆっくりと歩き出した。つられて竜昌もそれに着いて行く。
程なくして、三人の後ろのほうから、呼び声が聞こえてきた」
「おーい、与一!与一!!」
「とうちゃーん!!」
見ると、人混みをかき分けながら、小柄な男が走り寄ってくる。
今にも泣きそうな与一の顔を見ると、父親で間違いないようだ。