第16章 【信玄編・中編】
翌日から、安土の城下町はにわかに騒がしくなった。
「おい、あれ見ろよ」
「お殿様の新しいお小姓様かしら…」
「ステキなお方…」
笠を取り、歩くようになった竜昌を見て、町人たちは口々に呟いた。
竜昌は、その囁き声が聞こえる度に、目を逸らし、背中を丸めたい衝動にかられたが、その度に息を大きく吸い込み、ぐっと背筋を伸ばした。
その凛とした竜昌の姿に、誰もが一度は目を止めた。
しかし気を張ってはいるものの、竜昌の内心は落ち着きなく、人ごみの中にある人物を探していた。
胸には、風呂敷に包まれた信玄の羽織を抱いている。信玄にそれを返そうと、暇さえあれば安土の町を歩きつづけたが、会えないままそろそろ三日がたとうとしていた。
『信殿…』
よく信玄と親し気にしていた娘たちに聞いても、普段の居場所は知らないという。
『もしかして、もう安土を去ったのかも…』
とぼとぼと通りを歩いていると、ふと一人の小さな男の子の姿が目に入った。年は三つか四つほどだろうか、所在なさげに辺りを見回しながら、竜昌と同じように、とぼとぼと歩いている。
「どうした、坊主。迷子か?」
竜昌が声をかけると、男の子は驚いたように振り返った。その目には一杯に涙を溜めている。
「父上や母上はどうした?」
竜昌が片手を差し伸べると、男の子は泥で汚れた小さな手でそれをひしっと握りしめた。とたんに顔がくしゃりと歪み、目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「父ちゃんどこ…」
「やはり迷子か。今まで我慢してたのだな。偉いぞ」
竜昌は、男の子の頭を優しく撫でると、その腕で男の子を胸に抱き上げた。
「ほら、これなら良く見えるだろ?一緒に探そう」
竜昌は男の子を抱えたまま、通りをゆっくりと歩き始めた。
男の子は竜昌の首にしがみつきながら、キョロキョロとあたりを見回して両親を探した。
二人はいくつかの角を曲がり、城下の大通りを練り歩いたが、父親らしい姿は見当たらなかった。男の子の表情がまた不安に曇った。