第16章 【信玄編・中編】
「おや、やはり降ってきたな」
二人が空を見上げると、鈍色の空から、次々と白い結晶が舞い降りはじめたところだった。
竜昌は改めて笠を被り、紐を締めた。信玄の視線が笠によって遮られ、竜昌は少し安心した。あのまま居ては、竜昌の胸が張り裂けてしまいそうなほど、胸のざわめきは限界まで高まっていた。
「さ、戻ろうか。安土まで送らせてくれ」
信玄は、自らの羽織を脱ぐと、それを竜昌の肩からふわりと掛けた。
「…!」
信玄の体温が、竜昌を肩から包み込む。
「いけません、私は大丈…ッ!」
そう言いかけた時、信玄の手が笠をくぐって侵入してきたかと思うと、竜昌の顎を掬い上げ、親指で軽く触れるようにその唇を押さえた。
「たまには男に、恰好つけさせてくれ」
「…」
竜昌はそのまま何も言い返せず、無言で小さく頷いた。
信玄はそれを見て満足そうに笑うと、竜昌の肩を抱いて、安土城へ向かう道を歩き始めた。
─── ◇ ─── ◇ ───
「御館様、女好きも大概にしないと命取りって、いつも言ってるでしょうが!」
「ハハハ佐助、お前ますます幸の物真似が上手くなったな…グッ、ゴホッ」
「恐れ入ります…って、冗談を言っている場合じゃありません」
激しく咳き込む信玄の背中をさすりながら、佐助はなんとか信玄に薬湯を呑ませようと必死だった。
「まったく…雪が降り始めたというのに、女性に羽織を貸すとは。信玄様らしいと言えばらしいですが」
「だろ?俺は『女人に恰好つけてないと死んでしまう病』なんだ」
「がっつり恰好つけたんですから、その分生きて下さいよ。それに信玄様に何かあったら、俺も幸に殺されます」
「だろうなあ。すまんすまん…ゲホッ」
「信玄さま、飲んだら横になって下さい。胸に湿布を貼ります」
「佐助…」
「はい?」
「幸に文を書くのはもう少しだけ待ってくれないか?」
『気付かれた…』
「…わかりました」
「ありがとう…佐助…」
そう言うと、信玄は大人しく寝床に横になった。
いつもの堂々とした態度とは打って変わって、弱気を含んだ熱っぽい眼差しで佐助を見上げる信玄を見て、佐助は思わず視線を逸らした。