第3章 【政宗編】※R18
「ん…」
触れるだけの一瞬の口づけだったが、竜昌にとってはまるで永遠の時間のように感じられた。
政宗は抵抗をやめた竜昌からゆっくりと手を離すと、踵を返して沢から上がった。
「帰るぞ」
竜昌はしばらくの間、沢の中に佇み、本陣へと戻っていく政宗の背中を呆然と見送ることしかできなかった。
濡れて冷え切った身体の中で、唇だけがいつまでも熱をもっていた。
─── ◇ ─── ◇ ───
本陣に戻った政宗は、天幕で濡れた衣を着替えながら、混乱する思考をなんとかまとめようとしていた。
『何故…俺は…』
自分でも何故あの時咄嗟に口付けたのか、理由がみつからなかった。
竜昌のことは、良い稽古相手か弟ぐらいにしか考えていなかった。女として意識したことなど数えるほどしかない。
むしろ何故か、竜昌を女として扱ってはならぬ、という思い込みが政宗の中にはあった。
しかし思い返すと、頭ではそう分かっていても、自分の心の奥の奥が微かにざわめくのを、政宗はずっと感じとっていた。感じて、そして蓋をしていた。
『一体いつから…?』
やわらかな唇。
汗ばむ首筋。
剣を交えながら笑う竜昌。
『まーさーむーねー様』という間延びした呼び声。
竜昌が伊達屋敷を出て安土城へいくときの、チリリと焦げるような胸の痛み。
自分の着物を身にまとい、凛と立つ姿。
風に揺れる黒髪。
濡れたような緑黒色の眼。
初めて見た時の、秋津城での夜叉のような戦いぶり。
『そうか───
俺は初めから、ずっと目が離せなかったんだ…』
しかし、記憶とともに政宗の胸に湧き上がってくる甘い疼きは、急に氷水をかけられたように冷たく萎んでいった。
『良いのです、嫁になど、いきませんから』
竜昌のあの言葉の意味するところは…
─── ◇ ─── ◇ ───
安土に帰還した竜昌と政宗は、身支度を整え、信長の元に報告に参上する…はずだった。
竜昌が天主に到着すると、信長や他の武将たちから次々に労いの言葉をかけられた。信長からは特別に褒賞まで出た。
しかし、その場に政宗の姿は無かった。
「あの、政宗様は…」
信長は一瞬驚いたような表情を見せた。
「なんだ貴様知らんのか、あいつは帰るなり風邪をひいて寝込んでおるそうだぞ」
「え!?」
「鬼の霍乱とはこのことだなあ?」
光秀がいつもの如く揶揄うように言った。
「まったくだ」