第3章 【政宗編】※R18
「冷たっ!何を!」
淵は腰ほどの深さだった。竜昌はすかさず立ち上がり、政宗をキッと睨んだ。
「お前、そこで少し頭を冷やせ」
剣術の稽古のときのような、いつもの朗らかな政宗の姿はそこにはなかった。そこにいるのは一軍の将として、厳しい戦火をかいくぐってきた、武将・伊達政宗の姿だった。
「自分が何をしたか分かっているのか」
結果としては大勝利だった。竜昌の部隊の損害はほとんどなく、賊は一網打尽にされた。
それもこれも打合せにはない、竜昌による単騎突破の賜物だが、しかし一歩間違えれば壊滅的な被害を受けたのはこちらの方だったかもしれない。
竜昌はしばらくの間、挑戦的な視線で政宗を睨みつけていたが、やがて諦めたように視線をそらした。
「申し訳…ありませんでした…」
「分かればいいんだ」
反発すると思ったが、思いのほか殊勝な竜昌の態度に、政宗の視線もふっと緩んだ。
「ほら、顔も洗え、泥と血できれいな顔が台無しだ」
それを聞いて、竜昌はなんともいえない表情をしたが、やがて何かを振り切るように、ジャブジャブと飛沫をあげて沢の水で顔を洗った。
そして政宗が岩の上から、竜昌を引き上げようと手を差し伸べた。
竜昌がその手を取った───瞬間、竜昌は足元の岩を蹴り、逆に政宗を淵に引っ張り込んだ。
派手な水音を立てて、政宗も淵に落ちる。ずぶ濡れになったその姿をみて、竜昌は声を上げて笑った。
「アハハ!これでおあいこ!」
「お前な…」
「私が政宗様を差し置いて、一番乗りをしたことに嫉妬していらっしゃるのですか?」
確かに、敵陣への一番乗りといえば戦場の花形であり、派手好きな政宗の十八番といってよかった。
しかしそれに政宗は答えず、荒々しく水をかき分けて竜昌に近寄ると、両手でぐいっと竜昌の両頬をはさみ、その顔を間近で覗きこんだ。
「五月蝿い口だな」
驚いて後ずさろうとする竜昌だが、政宗の手が放してくれない。
竜昌の顔から笑みが消えた。その目の前で、夜空のように深い藍色の隻眼が揺れる。
「…死なせたくないんだ。分かってくれ」
政宗の親指が、まだ薄く汚れの残る竜昌の唇をそっと拭った。そして沢の水で冷たくなったその唇に、政宗の暖かな唇が触れた。