第15章 【信玄編・前編】
しかし、信玄から全く敵意を感じないのも事実なので、竜昌はとりあえず一旦刀を引いた。
「失礼いたしました、信殿」
舞がほーっと胸をなでおろした。
「それでね信さん、こちらがりんちゃん。安土の…」
そういいかけた舞を、竜昌が視線で制した(といっても編笠の中からだが)
「えーっとえーっと、安土でできたお友達なの!」
苦しい言い訳だが、なんとか正体はバレずに済み、今度は竜昌が、内心胸をなでおろした。
「そうか。以後よろしく、りん殿」
信玄は、再び とびきり甘い笑顔で竜昌に微笑みかけた。
竜昌は、この得体のしれない男に、どこか胸の中でひっかかるものを感じたまま、会釈をした。
「いきなり驚かせて申し訳なかった。お詫びのしるしに、この先の茶屋で団子をごちそうしたいんだが…お二人ともどうかな?」
「やったー!」
両手を上げて、小さく飛び跳ねるようにして、全身で喜びを表現する舞。
「ね、りんちゃんもいいでしょ?信さんは無類の甘味好きでねえ。この安土で一番おいしいお茶屋さんはみんな知ってるんだよ!信さんといく所なら間違いないから!」
もし嫌といっても、りんが行きたいのならば、護衛としてついていくしかいない。
竜昌は笠の中で小さくため息をついた。
「わかりました。お共いたしましょう」
「決まりだな。さあいこうか」
信玄は先頭に立って、ふわりと歩き始めた。竜昌と舞の二人は、その大きな背中についていく。
『さっきは気配もなく、どうやって私の後ろに…』
筋肉で盛り上がった逞しい背中を、ちらちらと眺めながら、竜昌はずっと考え込んでいた。
─── ◇ ─── ◇ ───
「邪魔するよー」
「ああ信さん、いらっしゃい、お久しぶり」
どうやら茶屋の主人と顔見知りのようだった。
主人は三人を一番眺めのいい縁台に案内すると、茶をお持ちしますと下がっていった。
「信さん、今回はどれくらい安土にいるのー?」
「そうだなーちゃんと決めてはいないが、ひと月くらいはいるつもりだ」
「そっかー忙しいんだね」
「いろいろな所へいって、そこの珍しいものを探してくるのが生業だからね」