第15章 【信玄編・前編】
「養生のためって言ったら、あの人が嫌がるのはわかってる。だから敵の視察、しかも女がらみだったら二つ返事でいくだろうと思ってね」
「さすが我がズッ友。そして信玄様はまんまとひっかかってくれたわけだ」
「三文芝居に突き合わせて悪かったな」
「いや…」
幸村が誰よりも深く信玄を慕う気持ちを、佐助は理解していた。
両手を握りしめる幸村の肩を、佐助は励ますようにぽんと叩いた。
「…御館様を騙したようで、後ろめたい」
「嘘も方便って言うだろ、幸」
「おー」
幸村は、切なげに佐助を見た。
「御館様のこと、頼んだぞ」
「ああ任せておけ」
二人はお互いに拳を出し、それをコツンと合わせ、微笑み合った。
澄んだ夜空には、そんな二人を見守るように、細い三日月が静かに浮かんでいた。
数日後、信玄は護衛に佐助を連れて、春日山城を後にした。
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安土城下────
「ねえねえ りんちゃん、これどうかなあ。この色柄、秀吉さんにすごく合うと思わなーい?」
「は、ははあ」
気の抜けたような返事をしながら、竜昌は反物屋の店先で立ち尽くしていた。
城下町に、反物の仕入れにいくという舞の護衛としてついてきたはいいものの、さっきから反物についての意見を求められ、竜昌は辟易していた。
「お、お似合いかと…」
「でしょー!?」
意見といっても、舞の言うことをやんわり肯定していればいいだけなのだが。
そもそも竜昌は、自分がこういう分野にとことん疎いことが、痛いほどわかっていた。
反物選びの片棒を担ぐぐらいだったら、舞を守るために、辺りのゴロツキどもと一戦交えたほうがよっぽど役にたてる。
そんなことを考えながら、城下町を、まるで蝶のようにヒラリヒラリと店から店へわたりあるく舞の後ろを、竜昌はついて歩いた。