第14章 【信長編】※閲覧注意※ R18
部屋の前の小姓たちも今日はいなかった。
竜昌は、部屋の障子の前にひざまずいた。
「信長様、竜昌でございます」
すると部屋の中からは、返事の代わりに、クスクスと声をひそめて笑う女の声が聞こえてきた。
竜昌の胸がズキリと痛む。
「…信長様?」
しばらくして、その囁くような笑い声が消えた後で、ついに信長の低い声がした。
「入れ」
竜昌は頭を下げると、静かに障子を開いて、信長の部屋の中に足を一歩踏み入れた。
すると部屋の中は、目眩がしそうな甘ったるい香と酒の匂いに満ちていた。
上座を見やると、脇息にもたれて座る信長にしなだれかかるように、一人の女が居た。
「フフ…いいの…?」
真紅の地に、桜の花を染め抜いた長襦袢を着た女は、ちらりと竜昌を見やったが、またその視線を信長に戻すと、甘えたように唇をすり寄せた。紅をさしたその唇は、血のように赤い。
大きくはだけた胸元からは、細く浮き出た鎖骨と、二つのふくらみが覗いている。めくれた長襦袢の裾から覗くスネも、そっと信長の懐に差し込まれた腕も、どこもかしこも気味が悪いほど青白かった。
信長は片腕で、遊女と思しきその女の肩を抱きながら、竜昌を見て小さく笑った。その緋色の瞳は、いつものごとく氷のように冷たい光をたたえていた。
「どうしたそんなところで。用があるのではないのか?」
「ハッ…!」
呆然と立ち尽くしていた竜昌はそこで我に返り、慌てて信長の前にひざまずいた。
「お、大間山攻めよりただいま戻りました」
「…首尾はどうであった」
「浄土真宗門下の僧兵 約四百余、ことごとく討ち取って参りました。寺も今や炭に」
「クスクス…」
平伏した竜昌の頭上から、女のひそかな笑い声がする。
竜昌が顔を上げると、女が信長の唇を塞ぐように、吸い付いていた。まるで二人の会話を邪魔しているかのようだが、信長はそれにまったく動じず、竜昌の顔を見つめながら、短く言い放った。
「大義であった」
信長の顔には、喜びも賞賛の表情もなかった。ただ当然といわんばかりの余裕の表情で、黙って竜昌を見下ろしている。
いつの間にか、竜昌の胸がバクバクと高鳴っていた。