第12章 【秀吉・後編】※R18
「あいつは誰にでも好かれる性質だが、誰彼構わず自分の懐剣を託すほど無節操ではない」
「…?」
「わからんか?まあいいだろう」
光秀は手近にあった文書の束をまとめて抱えると、にわかに立ち上がった。
「あっ…光秀様」
「さっき言うたとおりだ。少しだけ手伝ってやろう。その分空いた時間であいつの見舞いにでも行ってやれ」
「あ、はい、あの、見舞いには、今日行きました」
「そうか、奴の様子はどうだった」
「…お元気そうでした…」
『フン、嘘が下手なところはそっくりだな』
浮かない顔の竜昌を見下ろして、光秀は再び微笑んだ。
「ではな、お前ももう休め」
「…ありがとうございます、光秀様」
竜昌は懐剣を両手で握りしめたまま、光秀を見送った。
─── ◇ ─── ◇ ───
「秀吉様、冷えると思ったら初雪ですよ」
「そうか…もうじき師走だもんな」
家臣が少しだけ雨戸を開けて見せると、庭は一面真っ白に染まり、咲きかけた椿の蕾が雪をまとって凍えていた。
雪の欠片がひらひらと舞い落ちるのを見ながら、秀吉は、竜昌のことを思い浮かべていた。
月明りの下、金平糖を口に含んで、強張っていた頬がわずかに緩んだ姿。
猪狩りのあと、泥だらけになって庭にたたずんでいる姿。
舞の着物を着て、普段はしない化粧を施され、はにかむ姿。
あの日、渓谷でみた鮮やかな紅葉を背景に、切なげに市女笠を傾げていた姿。
あれから時は過ぎ、あっというまに冬が訪れてしまった。
舞から、竜昌が秀吉の仕事の穴埋めに奔走していることは聞いていた。きっと今頃は、安土城の自室で、寒さに震えながら仕事をしているのであろう。
秀吉は側にあった上着を掴んでたちあがった。
「…ちょっと城へ顔を出してくる」
「え、秀吉様?」
家臣が引き留める間もなく、秀吉は安土城へと向かった。