第12章 【秀吉・後編】※R18
そこには秀吉と、光秀の姿もあった。
今回の行程では、竜昌が秀吉をはじめとする少数の手練れたちを引き連れて街道を行き、その周囲の警戒に、姿を隠した光秀の忍たちが当たる予定だった。
おそらく二人で、最後の打ち合わせをしていたのだろう。
秀吉は、居心地が悪そうに竜昌から視線をそらした。一方で光秀は、いつもの笑みを浮かべながら、竜昌の頭からつま先までを値踏みするように眺めて言った。
「どこからどうみても立派な姫君だな」
「恐れ入ります」
「ん…しかしなあ」
光秀の視線が、竜昌の腰のあたりで止まる。
「やはり姫君が二本差しはまずいだろう、二本差しは」
「そ、そうですか」
美しい絹の打掛を着た竜昌の腰からは、愛用の備前とその脇差がにゅっと突き出している。秀吉は竜昌を振り返り、首を傾げた。
「お前、懐剣は持ってないのか?」
「はい…」
藤生家に伝わる懐剣はあったが、それは母から姉・白菊に譲られ、竜昌は父から備前を引き継いだ。
「じゃあ俺のを貸してやる」
秀吉が床の間の刀掛けに置いてあった懐剣を取り、無造作に竜昌に手渡した。うっかり取り落としそうになりながら、あわあわと受け取る竜昌。
手にした懐剣はずしりと重く、柄や鍔飾り、鞘にも美しい意匠が施され、まるで宝剣のごとき美しさだった。よく見ると、小さな豊臣家の家紋が螺鈿と金で象嵌されている。
「こんな高価なもの…とても振るうことはできません」
「お前がそれを使わずに済むように、秀吉ががんばるそうだ」
ククッと光秀が楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「心配するな、お前は俺が守る」
いつも通り優しい鳶色の瞳で竜昌を見つめながら、秀吉は力強くそう言った。
しかし竜昌は、その視線が自分を通り越して、はるか遠方の舞の姿を見ているような気がしてならなかった。
秀吉が、舞の姿をした竜昌に優しい言葉をかける度、その笑顔を向ける度に、それが竜昌の心を少しずつ薄く削いでいき、それと共に竜昌の心も冷たくなっていくようだった。
まるで、椿の花びらが、冷たい雪の上にひらりひらりと一片ずつ舞い散るかのように。