第11章 【秀吉・前編】
今度こそ、高鳴るどころではなく、心臓を素手でぎゅっと掴まれたような衝撃を受け、竜昌は秀吉の顔を見つめたまま固まってしまった。
優しく笑う頬に落ちる、長い睫毛の影ですら数えられそうな距離だ。苦しい吐息が聞こえてしまいそうで、竜昌は息を止めるしかなかった。
「…秀吉様は、誰にでもそのように優しいのですか…?」
「ん?」
秀吉の視線が、わずかに揺れた。
『あっ…余計な事を …』
竜昌は慌てて自らの口を押さえた。
秀吉は大きな手で、薄茶色の自分の前髪をくしゃりとかきあげながら、自嘲的な笑みを浮かべた。
「さあ…どうなのかな。俺には弟や妹がたくさんいたんだ。それでつい世話焼きのクセが出ちゃうのかもな」
「秀吉様…」
「おかげでいつも兄貴役だ。損な性格だよ」
「そんなことはありません!」
強く否定する竜昌に、秀吉は驚いたように瞬きを二・三回した。
兄ナドト オモッタコトハ アリマセン
竜昌の縋るような眼差しに、月の光が宿る。
最初は笑いながら竜昌を見つめていた秀吉の顔が、だんだんと真剣になっていく。
「竜昌…」
秀吉は自分の頭に置いていた片手を、竜昌のほうへゆっくりと伸ばした。
今度こそ頭を撫でてもらえる─────竜昌は目をギュっと閉じ、首をすくめてその時がくるのを待った。
しかしいつまで待っても秀吉の手は頭には触れず、ほつれた竜昌の髪から今にも落ちそうな雫を、ただ指でそっと拭っただけだった。
「さ、そろそろ寝よう。髪ちゃんと乾かせよ、風邪ひくぞ」
「…はい…」
「おやすみ」
「お休みなさいませ…」
秀吉はまたいつものような優しい笑顔に戻って軽く手を上げると、踵を返して自分の部屋のほうへと歩きだした。
秀吉の背中を見送った竜昌は、その姿が完全に見えなくなると、崩れ落ちるように床に座り込んだ。
ドウシテ ワタシニ ヤサシク スルノデスカ
アナタヲ 兄ト ヨベバ ナデテ クレマスカ