第11章 【秀吉・前編】
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竜昌は自室に戻ると、泥だらけのままドサリと倒れこむように縁側に寝転がった。
空には十四夜の月が輝いている。まぶしいほどの月明りに、竜昌は目を細めた。
今頃は、秀吉と舞が、同じ月明りの下で二人仲良く饅頭を頬張っていることだろう。
その姿を想像すると、竜昌のみぞおちのあたりがズシリと重くなったような気がした。
秀吉に、舞と二人きりになれる時間を献上したのだ。これでいい、と竜昌は自分に言い聞かせた。
「なかなか…ままならぬものです…ねぇお月様?」
口の中でつぶやきながら、竜昌はその手に持っていた饅頭をかぷりと一口噛んだ。
「しょっぱ…」
ふつう、餡子の中には、その甘みをひきたてるように、微量の塩が入っているが、今回の饅頭に限って言えば、どうもしょっぱすぎるのではないかと竜昌は思った。
いつのまにかその頬を流れ落ちている涙に、竜昌はついぞ気付くことがなかった。
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「ふう~」
顎まで湯につかって、竜昌は大きく息を吐いた。
風呂番の与兵衛が、沸かしなおすかい?と聞いてくれたが、残り湯でいいよと断った。今はあえてぬるめの湯が、強張った筋肉に心地よい。
いつもは交代で慌ただしく入る安土城の湯殿で、こうしてゆっくりできる機会もなかなかない。
洗い髪から落ちるしずくが水面に波紋を描くのを見ていると、じくじくと痛む胸が、少しずつ癒されていくような気がした。
「っへくし!」
さすがに冷えたのだろうか、竜昌が小さくくしゃみをした。