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【イケメン戦国】夢と知りせば覚めざらましを

第11章 【秀吉・前編】


そんな竜昌の鼻先を、花のように芳しい匂いがふわりとかすめる。おそらく舞の着物に焚きしめられた香の匂いだろう。
信長に贈られたであろう美しい錦の打掛を羽織り、月明りの下で蝶のようにふわりと微笑む舞の姿。
一方、竜昌は自分の姿を見下ろし、肩を落とした。泥だらけの着物、汗で張り付いた髪、まくりあげた袖からのぞく、すりむいた肘。
武術の稽古のおかげで胼胝のできたごつごつとした指は、まるで白魚のような舞の指とは、別の生き物のようにさえ見えた。
『ハハ…』
乾いた笑いを浮かべながら、竜昌は無意識に手のひらを握りしめた。


しばらくして、秀吉が茶碗を乗せた膳とともに戻ってきた。
「あれ?竜昌は?」
「りんちゃん、泥だらけだから湯あみしてくるって。お部屋に帰っちゃった」
「そっか…」
「お饅頭だけでも渡せてよかった。疲れてたみたいだから、お饅頭食べて元気出るといいなあ」
「そうだな…」
月明りの下でもはっきりとわかる、きらきらと輝く舞の笑顔。
吸い込まれるように見つめていた秀吉も、一瞬だけその笑顔から目を逸らし、竜昌の部屋がある方向を見やった。
「さ、秀吉も食べて食べて。ここのお饅頭すごくおいしいんだからっ」
「いただきます。舞も冷めないうちに飲め」
「わーい。秀吉の淹れるお茶、おいしくて大好きー!」
「まるで饅頭を口実に、俺に茶を淹れさせるために来たみたいだな」
やさしく秀吉が笑いかけると、舞が饅頭をもぐもぐと頬張りながら、さらに頬をふくらませた。
「ほんはこといふなら、ほう二度と夜食なんへもっへひまへん!」
「ハハ、冗談だよ。お前のためなら茶なんていつでも淹れてやるのに」
いつも通り、その大きな掌で舞の頭を撫でようとした秀吉だったが、ふと思いとどまり、その手で茶碗の一つを持ち上げた。
そして片手で饅頭を弄びながら、茶の水面に浮かぶ月の光がゆらゆらと揺蕩う様を、秀吉はじっと見つめていた。
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