第11章 【秀吉・前編】
「そういうとこだ!」
いまだに緊張の抜けきれない言葉遣いの竜昌の頭を、秀吉は笑いながらわしゃわしゃと撫でた。
頭上に感じる秀吉の大きな掌の温かさと重さ。生まれてすぐに母親を亡くし、父親も長い間病床にあった竜昌は、子供のころあまり頭を撫でられた記憶がなかった。
『こんなに心地良くて、心休まるものだったんだ…』
その時、秀吉の手がスッと竜昌の頭から離れた。頭の上が涼しいような、寂しいような、不思議な感覚だった。
秀吉は再びその手を懐に差し入れると、もう一つ金平糖を取り出し、それを今度は自分の口に放り込んだ。
「ん、実はな、これは信長様のために買ってきたんだ」
「え!!!では…」
目玉が飛び出るほど驚いた竜昌に向かって、秀吉は悪戯っ子のようにニヤリと笑った。
「これで俺たちは共犯だ」
「ばれたら信長様に叱られるのでは…」
「アッハッハ。大丈夫、足りなくなったらまた俺が買いにいかされるだけだ」
心配そうに見つめる竜昌を、秀吉は大きな声で笑い飛ばした。
釣られたように、竜昌の顔にも笑顔が宿る。
「ふ、ふふっ…」
他愛のない、二人だけの小さな秘密─────
その時の、温かい掌の感触、口いっぱいに広がる金平糖の味、慈しむように見つめる鳶色の瞳は、いつまでたっても竜昌の心から消えることはなかった。
そのことがあってから、竜昌は秀吉をはじめとした安土の武将たちに、徐々に心を開いていった。
しかし、秀吉が竜昌の頭を撫でたのは、その時が最初で最後だった。
秀吉は普段から忙しいのにも関わらず、細かいことまでよく気付き、会うたびになにかしら褒めてはくれる。が、決して竜昌の頭を撫でようとはしなかった。
一方で、織田家ゆかりの姫として安土城で暮らす舞のことを、秀吉は一層気にかけ、なにかと頭を撫でる姿をよく見かけた。
主君として忠義を尽くす信長の寵姫を、秀吉がことさら大事に扱うことは不思議でも何でもない。竜昌はそう思っていた。いや、そう思い込もうとしていた。
しかし今日の秀吉の表情を見て、竜昌は自分の誤りに気付かされた。