第11章 【秀吉・前編】
「ちょっと来い」
こいこいと手招きをする秀吉に誘われ、庭に降りた竜昌は、その後を追った。
玉砂利に作られた小径をたどると、その先には大きな庭石がある。秀吉はその周りをぐるりと歩いて、裏側へと竜昌を誘った。
この位置までくると、さすがの天主からも二人の姿を見ることができない。
秀吉は少し身をかがめて、竜昌の顔を覗き込むと、ニヤニヤしながら懐に手を入れて、何かを取り出した。そしてそれをにゅっと竜昌の眼前に突き出す。
太く長い指でつままれたその小さな物体は、形はイガイガとしているが、透き通るような色が宝石のように美しかった。
「お前、これ知ってるか?」
「いえ…初めて見ます。キレイ…」
「ちょっと口あけてみろ」
怪訝に思いながらも竜昌が小さく口をあけると、秀吉はその小さなかけらをぽいと竜昌の口に放り込んだ。
「!!」
舌にさわる固い感触。しばらくすると、ようやく溶けだしてきた砂糖が、竜昌の口中を甘さでいっぱいに満たした。
「なにこれ!甘い!」
「だろ?金平糖っていうんだ」
「こん、ぺい、とう…?」
初めて聞くその名に、不思議そうに見上げる竜昌の頭を、秀吉はその大きな掌でぽんぽんと叩いた。
「やっと笑顔がでたな」
「え…」
この時代では貴重な甘味に、竜昌の顔が思わず緩んだことで、さも嬉しそうに秀吉も笑顔をこぼした。
「お前、安土にきてから緊張しっぱなしだっただろう」
心配そうに竜昌をのぞきこむ鳶色の瞳が、月明かりを宿して輝いている様に、竜昌は一瞬で心を奪われた。
「無理、しなくていいんだぞ。誰一人知り合いのいない安土へお前は身一つで来たんだ。そりゃ気も張るだろう」
あえて返事をせずに、竜昌はコクリと唾を飲み込んだ。
「もしなにかあったら、遠慮なく俺を頼ってくれ、な?」
「は…は、はい!恐れ入ります」