第11章 【秀吉・前編】
秀吉は、舞の背中が廊下の向こうに消えるまで見送ると、再び中庭の方を振り返った。
中庭では、すっかり剣術の稽古を放棄した竜昌と政宗の二人が、じゃれあう子犬のように追いかけっこをしていた。
『兄妹…ね』
秀吉が自虐的な笑みを浮かべたその時、なぜかふと政宗と目が合った。
挑発的な視線で秀吉を見つめる政宗の腕の中には、捕らえられてきゃあきゃあと楽しそうにはしゃいでいる竜昌がいる。
「政宗様、お許しください」
「だーめだ。まだ撫で足りない」
竜昌を抑え込み、もみくちゃにするように撫でまわす政宗。
その光景を見て、なぜか秀吉は、胸の奥にチリリと焦げつくような痛みを感じた。
『なんだよ、政宗のやつ…』
憮然としながらも、秀吉は本丸御殿の方へと歩きだした。
しかし夜になっても、政宗の挑発的な眼差しと、無邪気に笑う竜昌の笑顔が、なぜか脳裏から離れなかった。
─── ◇ ─── ◇ ───
その夜、竜昌は月明りに誘われるように、本丸御殿の庭にたたずんでいた。
十三夜の明るい月が、竜昌の陰を玉砂利に落とす。
その光景は、竜昌が安土にきて間もないころのことを、ありありと思い起こさせた。
「竜昌」
ある月の明るい晩のことだった。安土城の廊下を歩いていた竜昌は不意に声をかけられた。声の主をたどると、それは庭の松の木に隠れるように立っている秀吉だった。
「秀吉様…?」