第8章 【家康・後編】※R18
「どうしたの、りん」
わなわなと震える竜昌の顔を、家康が覗き込む。
『りん?』
『りん…?』
訝しげな四天王に横目でじろりと見つめられ、家康はしまった、というように片手で口を押さえた。
「なんでもないわよ、ねえ?竜昌殿」
ニコニコと微笑んだまま、於大の方がそう言った。良くみると、笑ったときの唇の端の上がり方が、家康とそっくりだった。
「は、はぃ…」
小さく縮こまるようにして、竜昌が返事をした。
「あら?この着物…」
於大の方が、竜昌の来ている薄黄色の衣にそっと触れた。
「これ、家康殿の元服前の着物じゃない。よくとってあったわねー」
「え、ええ?」
竜昌が目を白黒させる。
家康は渋い表情のままで、口を押さえていた手で頭を抱えた。
「間違いないわ、私があつらえたんだもの。よーくお似合いよ?」
「ほほー」
「こ、これは、あの、昨日、着物を、雨で濡らしてしまったので、殿からお借りして…」
「ほほー?」
しどろもどろに弁解する竜昌。半分は嘘である。竜昌の着ていた(政宗にもらった)衣は、今頃 家康の寝所でぐちゃぐちゃに乱されているはずだ。
やがて、実母と四天王の好奇の目に耐えられなくなった家康が声をあげた。
「さ、ぐずぐずしている暇はない、戦の準備だ。いくよ、りん」
「はっ…はい!」
城に向かって駆けだした家康。弾かれるように立ち上がった竜昌は、その場の全員に一礼してから、家康の後を追って駆けていった。