第8章 【家康・後編】※R18
「しかし、竜昌殿は遅いですねえ。夜明けには出ると言っていたのに」
「まさか、すでに?」
「さっき見に行ったけど、厩にまだ竜昌の馬がいたぜ」
その時、門の前が急に騒がしくなった。四天王の前に現れたのは、待ち人 竜昌ではなく、大勢の家来衆を引き連れた豪華な輿だった。
「これは…睦姫様?」
輿はいったん、四天王の前で足を止めた。小さな窓が開けられ、そこから睦姫のものと思われる大きな瞳がのぞく。
「見送り、ご苦労様ですこと」
輿の中から、良く通る甲高い声で言い放つ睦姫。
『アンタを見送りにきたわけじゃないけどな…』
四天王は頭を下げながらも、それぞれが同じことを考えていた。
しかしそこは大人の酒井が、さも気遣わしげに声をかける。
「睦姫様、ついに京にお帰りあそばされますか。それはようございました。ここ駿府も戦場になりかねませんゆえ…」
「そうなの、殿にもよろしくお伝えして下さる?」
「おや、殿はご存知ないので?」
睦姫はツンと視線を背けると、輿の小窓をぴしゃりと閉めた。
「戦だ武士だと、こんな物騒なところもうウンザリだわ!わたくしには於大の方様が、京のやんごとなき公方様を紹介してくださったの!」
「はあ…左様で…?」
「単なる公方様ではなくてよ?帝の血を引くお方ですって。私のことを是非にと」
「は、はあ?」
「では皆の衆、ごきげんよう」
睦姫はまるでその「やんごとなき公方様」への輿入れがすでに決まったかのようにはしゃぎながら、その場を後にしていった。
『女って怖ぇ・・・』
直政が心中でつぶやいた。