第1章 【女城主編】※共通ルート
政宗の物とおぼしき洒落た衣を身に着け、背筋を伸ばしてまっすぐに立つ竜昌は、堂々とした若武者そのものだった。
しかし、結わえてもなお腰まで届く艶やかな黒髪や、衣からのぞく細い手首足首が、竜昌が女性であることを雄弁に物語っていた。
政宗に促され、竜昌は信長の前に歩み出て その場にかしこまり、深々と頭を下げた。
「藤生丹羽守竜昌と申します。この度は秋津の民をお救いくださったこと、誠心より御礼申し上げます」
「大事ない。面を上げよ」
竜昌が顔を上げ、まっすぐに信長を見た。竜昌の目には、死を覚悟したものだけが持つ、透明な闇が宿っているように見えた。
「女性(にょしょう)とは驚いたな」
「…」
「あの矢文を書いたのは貴様か」
「お目汚しを…」
「ふふん。なかなかの出来であった」
事実、竜昌がよこした矢文はその筆跡の美しさもさることながら、誠心誠意をこめた信長への陳情や、城内の装備・武器の数にいたるまで事細かに記されていた。
一目その文を見ただけで『必ずこの武将を手に入れる』と信長に決意させるのに十分であった。
「かくなる上は、お約束通り、この首 献上いたす所存でございます。どうかお沙汰を」
「その命 捨てると申すか」
「織田家に歯向かいし罪、どうかわたくしの首ひとつで納めて頂きとう存じます」
「つまらんな」
「は…」
「捨てるなら、その命俺がもらおう」
「!?」
「俺の配下に入り、天下布武にその命を捧げよ」
竜昌は一瞬驚いたように目を見開いたが、再び暗い視線を床に落とした。
「わ、私は…」
言い淀む竜昌に、家臣たちからざわめきが起こった。
死罪を免れた上に、天下の織田信長に召し抱えられるとなれば、二つ返事で了承するのが普通であろう。
それなのに竜昌は、うつむいたまま無言で唇を噛みしめている。
居並ぶ武将たちは、沈痛な面持ちで竜昌を見下ろし、舞だけが不安そうに、信長と竜昌を交互に見つめている。
そのとき、襖をへだてた隣の間から低い声が聞こえてきた。
「人質をとられていては、そう簡単に寝返るわけにもいくまいよ」
驚いた竜昌が顔を向けると、静かに襖が開かれ、そこに琥珀色の眼をした武将が立っていた。間違いない、秋津城で竜昌を打ち落とした明智光秀本人だ。そしてその横に控えていたのは…
「姉様!?」
姉様と呼ばれた女は、光秀の横から飛び出すように竜昌に駆け寄り、その頭をひしと抱きしめた。