第8章 【家康・後編】※R18
「ごめん…」
竜昌の身体を抱いたまま、耳元で謝る家康。秋津での出来事を考えれば、いきなり竜昌に手を出すべきではなかったが、月明りの下で涙に濡れる竜昌の顔を見て、その身体の温もりを感じて、堪えに堪えた理性が吹き飛ぶのは一瞬だった。
竜昌は無言で、小さく首を振った。
家康は、竜昌を抱く腕にさらに力を込めた。
「俺は…たぶんずっと、りんが羨ましかった」
「え…?」
「ずっと、俺は強くなりたかった。強くなるために武芸を磨いた。強くなって、俺を見下したやつらを見返し、誰にも踏みにじられないで生きる自由が欲しかった」
「家康様…」
「でも、そんな俺の目指す強さとは全然違うところで、りんはいつも他人のために強くあろうとしていて…男らしさとか、武芸なんて、ただの飾りだということを教えてくれた」
竜昌は顔を上げ、再び家康の顔を見上げた。その目には、さきほどの燃え滾る炎のような輝きは鳴りを潜めていたが、そのかわりに竜昌を慈しむような柔らかな光が宿っていた、
そのとき竜昌は、尼僧の言葉を思い出していた。
『殿方のいう『強さ』とは違い、あなたの強くなりたいというお気持ちは、すなわち他人の役に立ちたいというお気持ちそのもの。大切になさいませ』
「俺もりんみたいに芯から…心から強くなりたい。そう思って、りんのことずっと見てた。そしたら…いつのまにか…好きになってた」
家康は、恥ずかしさのあまり目を逸らした竜昌の後頭部に手をあて、そっと胸に押し付けるように抱き締めた。
「…てっきり…」
「ん?」
「てっきり家康様に嫌われてるのかと思っていました」
「それは、ごめん」
自分が天邪鬼である自覚はあった。好きになった相手ほど、突き放してしまう。
「でも正直言うと、りんのことで気に食わないことが二つある」
「え!?」
驚いて目を丸くする竜昌。
「ひとつは、りんが自分のこと大切にしなさすぎること。いつも傷だらけだし…」
家康は腕をほどき、竜昌の手を取ると、その袖を肘上までまくり上げた。