第1章 1
忘れ物を取りに教室に入ろうとして、真緒は足を止めた。
なぜか閉め切られた教室の中に人の存在を感じたのは、かすかに漏れる話し声から。
聞こえてくる声がよく知っている桃城の声で、
あんまり苦しそうな声で、
真緒は、だから、話が終わるまで、扉の前で息を潜めていた。
真緒が桃城に告白したのは、もう半年も前になる。
1年の時からずっと好きだった。2年になって、クラスが一緒になって、近くで見れば見るほど好きになったから、告白した。
そのたった一週間前に、桃城が他の子に告白して付き合い始めていたのを知らずに。
これ以上ないくらいばっさり振られた。
友達は「タイミング悪かっただけだよ」と慰めてくれたが、周りにはいろいろと言われた。
身の程知らずだの、相手の都合を無視するワガママ女だの、悪意のある噂も回ってきた。
あっさり玉砕した上の悪口は辛かった。ただ、失恋の痛手から目をそらすためにつとめて普通に過ごしていたら、そのうちに噂が消えていったのは助かった。
肝心の失恋は、いつまでたっても治らない傷口みたいなままだったけれど。
声がしなくなって、でも教室の扉は開かなくて。
夕焼けが眩しくなってきたから、真緒はそっと扉を開けて中を覗き込んだ。
いつも、今でも見つめている机に、今でも見つめている人が突っ伏している。
いつもの元気が嘘のように重い動きで、桃城の顔が扉に向いた。
「……小野寺?」
夕暮れ、赤い教室の中、なお赤い目元と掠れた声。
明らかに何かあったとわかる姿には、どうしたのと声をかけることすらはばかられる雰囲気があった。
「……ご、めん」
何と言おうか考えて考えて、出てきたのは意味もない謝罪。
「は、は。何がだよ」
「……わかんない」
慰めになんてならず、むしろ無理に笑顔を作らせてしまったことに、ぎりぎりと胸の中が音を立てる。
そのままお互い何も言わず言えずにいた。
手の中のスマホをもてあそぶ桃城をじっと見ているのも気まずく、だんだんと伸びていく影の長さをぼんやり見ていると、ふいに桃城が口を開く。
「フラれちまった」
「え?」
一瞬意味が取れなかった。
「思ってたのと違ったんだってよ」
「……何が?」
「俺が」