第1章 1
「だけど、ここのところちょっと」
「どうしたの?」
「なんだか上手く曲に乗れなくて。先生にも相談して、何度もやり直してみたんだけど、全然……」
「……大丈夫?心配だな」
海の話に、ずいぶん深刻な顔をしてしまったらしい。慌てて、そんな大変な話じゃないよ、と返す海の顔は、確かに翳りがない。
「そうだね。確かに、悩んでる訳じゃなさそうだ」
「うん、もう解決してるの」
「解決」
「うん。前のCDと今のCDを聞き比べて」
「それで解決したの?」
なぜそれで解決するのかいまいちよくわからない。
「今のCDの方が、つやがあるなって思ったの。どうしてかなって考えて……聞いてて不二君の顔がよく浮かぶなって思ったら、治っちゃった」
……今、自分はとんでもなく可愛い事を言われた気がする。
周助の内心の混乱を斟酌せず、海の話は続く。
「昨日のレッスンで、先生にも花丸もらえたの。……不二君がいなかったの、結構こたえてたみたい」
だんだん小さな声になっていく。頬がじわじわ赤くなるのが、なぜだかよく見える気がした。
「合宿中は自主練も一人だし……その、さびしかったなって。
だからね、その、えっと……」
「あのね、海」
「は、はい」
「抱きしめていい?」
「……ここではちょっと」
「今がいいな」
「……で、出よっか」
「そうだね」
海の目には、今の自分はどんな顔に映っているのだろう。
だらしない顔じゃないといいなあ、そんなことを考えながら、青春真っ盛りの少年は帰り道煩悩と戦い続けるのだった。