第10章 触れたくて………
翌日、は髪を結わせろという信長の命により天主に来ていた。
信長「ところで、明日からもあやつらの誰かに貴様の髪を結わせるのか?」
「はい、明日は家康が結ってくれるんです!」
の言葉を聞いた信長は、一瞬の髪をゆっくりと鋤いていた手を止め、
信長「ほう…家康が貴様にそう言ったのか?」
「はい。実は、私も少し驚いたんです。家康は女の人の髪を結うことなんて興味がないと思っていたので」
くすくすと笑いながら、再び信長が髪を鋤く感覚に目を閉じる。
信長「家康も、貴様が相手だからだろう。貴様は、元の世でもこのように誰かに髪を鋤いてもらっていたのか?」
「いいえ。髪は母親にやってもらっていただけで、それも小さい頃までで、大きくなってからは自分でやってました」
信長「…母親か。俺には無縁の話だ」
声のトーンを全く変えずに、の髪を器用に結っていき、仕上げにが持ってきていた簪を付ける。
は静かに信長から離れ向き合うと、ゆっくりと漆黒の髪に手を添え一撫でする。
信長「…。何だ」
「信長様は髪の毛を結ってもらうことは無かったとしても…こうして髪を撫でてもらうだけでも、とても幸せな気持ちになりませんか?」
信長は柔らかい笑みで髪をゆっくりと撫でる手を払うこともせず、黙ってのしたいようにさせていた。
信長「幸せか。貴様は相変わらず甘っちょろいことを言う」
口角を上げ、満足そうに笑みを浮かべる信長にも頬を緩める。
秀吉「信長様。先日の報告書でお聞きしたいことがございます。入ってもよろしいですか?」
襖の外から秀吉が信長を呼び、用件を伝える。
信長「構わん。入れ」
「では、私も針子の仕事に戻りますね。信長様、髪の毛ありがとうございました」
秀吉は静かに襖を開け、に気付くと少し驚いたような表情を向ける。
秀吉「…っと、か。髪型ひとつで見違えるものだな。よく似合ってる。さすがは信長様が結っただけのことはありますね」
信長「当然だ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、すっと立ち上がる。