第2章 はじまり
(狐...?)
「ぁ...ご、ごめんなしゃぃ...」
男性の手を思わず凍らせてしまった事に気づいたのか、弱々しい声で謝る少女。
「いや、怯えさせてしまったのは俺だ。すまなかったな...」
再び少女に手を伸ばす男性。しかし...
「...っ?!」
叩かれると思ったのか、少女は自分の頭を抱えてその場に蹲ってしまったのだ。
「ゃ...ごめ、なしゃ、ごめなしゃいぃ...おね、が...たたか、な、でぇ...」
弱々しく謝り続けるその様子に、男性は顔をしかめた。
「...顔をあげろ」
その言葉でまたビクッとなった少女だったが、顔をあげないと叩かれると思ったのだろう、おずおずと顔をあげた。
その瞬間だった。
ぽふっ、なでなで
「ふぇ...?」
男性は自分の頭を叩くのではなく、撫でたのだ。
誰かから撫でられたことの無い少女は驚いた。
「俺は命の恩人に手を上げるような阿呆ではない」
少女の目線に合わせるように男性は片膝をついた。
「何故貴様が本能寺にいたのかは知らんが、俺の命を救ったことに変わりは無いのだからな...ありがとう」
生まれて初めて言われた感謝の言葉に、少女はしばらくポカンとしていたが、やがて大きな目に涙が溜まり始めた。
「な、どうした?!」
オロオロする男性だったが、
「...ぃ......ぇ...」
「ん?何だ?」
「...はじめて...あいがと、って、いわ、れた...」
「...そうか......」
泣きじゃくりながら言う少女を、男性は思わず抱き締めた。
今度は拒まれることなく、むしろその小さな手は男性の着物をしっかりと握っていた。
「まだ名を聞いていなかったな」
少女の涙が収まった頃、頭を撫でながら男性は言った。
「俺は第六天魔王、織田信長。貴様の名は?」
「......ぁ...ぉ...」
「ん?今何と」
男性――信長――が聞き返そうとした時だった。
「信長様!ご無事でしたか!」
一人の青年が駆け寄って来た。
「三成か」
三成と呼ばれた青年は信長の足元にいる少女を見て目を丸くさせた。
「あの、信長様、こちらの少女は...?」
「先程俺の命を救った者だ」
「なんと、そうでしたか...」
信長の返答に一瞬驚いた三成だったが直ぐに笑みを浮かべ、少女と目線を合わせるように膝を曲げた。