第8章 6.変化
どうやら彼は部室に忘れ物したから戻ったけれど私が鍵を返していたのを失念してしまっていたらしい。
結局鍵を借りてまた部室へと行くと授業に遅れるから諦めて慌てて戻ってきた所を、慌てていてきちんと前を見ていなかった為に、私に後ろからぶつかってしまった様だった。
「何を忘れたの?」
「今日の古典の授業のノートや。今日多分俺が当たる番やからなぁ」
そう言って忍足くんがウンザリとした表情で私に返事をしてくれる。
その返事と共にSHRの予鈴の音が廊下に響き渡り私と忍足くんは慌てて教室へと歩き出す。
授業に遅れてしまいそうなので私も忍足くんも少し早歩きで廊下を進み始めるが、本当は足がとても早いのに私の歩幅に合わせてくれている忍足くんの優しさに気が付く。
彼はとても気配りの出来る人なのだなと思った。
そんな彼に私は先程の古典のノートの話を振る。
「私ので良ければノート貸せるけど…必要かな?」
「ほんまか!?【名字】、おおきにな!」
先程まで落ち込んでいたのが嘘のように忍足くんが元気よくニコニコと私の隣を歩く。
そんな彼の横を歩きながら私は教室に着くまでの間に最近の出来事を思い出していた。
テニス部の人達は皆とても親切で最初はしどろもどろになってしまっていた私の事は特に触れずに根気よく普通に話してくれていた。
まだ数日しか経っていないのにこんなにも普通に話せる様になれるとは私は思ってもいなかったので驚いてしまう。
こんな風に、私を取り巻く環境が徐々に変化していく。
まだ他の人にはぎこちない部分もあるけれども私は自身が少しずつ前へと進めて行けているのではないかと、期待に胸踊らせてしまう。