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ゆるやかな速度で

第10章 8.合宿02


「【名前】、あかんで」
「白石くん」

何故なら彼が私が前に出ない様にしっかりと自身の腕で私を押し留めたからだった。
咄嗟の判断にしてはあまりに早すぎるのでもしかしたら私の行動を予測してたのかもしれない。

「【名前】、悪いけど…、ほんまに熊やったら俺も何処まで庇えるか分からへんから…悪いけど動かんといて」
「でも…白石くんが怪我でもしたら」
「大丈夫やから」

白石くんとこうして口頭のみで押し問答している間にも先程から聞こえてくるガサガサという茂みの奥から聞こえてくる音が近づいてくるのがわかる。
音が複数あるように思えるからもしかして親子の熊だったりするのだろうか。
熊の生態に対する知識を持っていないので詳しくは知らないけれど、以前に簡単に聞いたことのある知識では、親子だった場合母親は子供を守ろうとして気性が荒いとも聞いたことがある。
そんな熊に遭遇してしまったらどうしようと私の心臓が早鐘を打つように早くなっていく。

どうしよう

焦る気持ちばかりで狼狽えてしまい私はどうすることも出来なかった。
白石くんを庇うべきは私のはずなのに彼は頑なに私を守ろうしてくれている。
その行為に彼の優しさや強さを感じたけれども今の私には焦りの気持ちの方が強かった。

「そうだ、す、鈴!」

先程、熊避けになるかもと配られた鈴の存在を忘れてしまっていた私は慌ててポケットに入れていた鈴を取り出して鳴らしてみる。
一生懸命、白石くんに後ろで鈴を鳴らしてみたけれどもあまり効果はないようで、ガサガサと葉が揺れる音が近づいてきていた。
鈴も効果がないだなんて、どうしようと思わずギュッと目を瞑って、白石くんの背にしがみつくように彼のジャージを右手で掴んでしまう。
ガサガサという音が最大限にこちらに近づいてきてもう駄目だと思ったその瞬間だった。

「あれ、【名前】や!」

でも聞こえてきた音は熊の雄叫びでもなく、また他の動物の鳴き声でもなく、紛れもない人間の声だった。
しかも私の名を呼ぶ聞き慣れた声に恐る恐る瞑ってしまった目をあけると、左目だけが茂みの方へと視線を向けることが出来たのでその瞳で前を見れば金太郎くんが私を見ていた。
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