第1章 This is insane
「どんだけしんどくても食えよ〜」
そう言う担任の言葉が背中を貫く。
あの日、誰も茶化す事などしなかった。
そして、誰もあの話をしようとしなかった。
いや、出来なかった。
視覚、聴覚、嗅覚、五感全てで命の終わりを知った今、そんな事は出来ない。
「……食欲ないわ」
隣に座った同期に皿を押し付け立ち上がり、宿舎の中にある自動販売機に歩き出す。
炭酸飲料なら、少し腹が膨れるはずと赤いパッケージのボタンを押した。
静まり返った廊下、がこんと無機質な音が響いた。
「あっ」
仄暗い廊下の奥から声がした。目を凝らして見ると以前よりも少し痩せたアイツがいた。
何と声を掛けて良いか分からず、無言でいるとペタリ、ペタリと新たな足音。
「……なんだ、居たのか」
丸まった背中。見慣れた顔がふたつ。
誰も言葉を発する事無く真夏の夜、コンビニの前に吊るされた青い光に集まる虫の様に自動販売機の前へ。
「いやぁ、食欲無ぇからさ」
「私も、夏バテかな」
皆同じ理由だろう。
あの日以来食欲が無い。
「……あの日」
アイツが口を開いた。瞬間、話を遮るのは俺じゃなく、相澤。
「なんか飲むか。奢る」
「あ、りがとう」
汗をかく缶を片手に横一列に並んで座る。はっきりと見えるのは自動販売機のライトに照らされた膝小僧だけ。
「ヒーローって何なのかな」
相澤が遮った言葉の続きか、それは俺には分からない。
もう遮る術がなく俺と相澤は次の言葉をじっと待つ。
「助けるって、一体何なんだろう」
頭に浮かぶ、未来のヒーロー像。
それは困った人がいれば駆け付けて、守る。
漠然としたイメージしか沸かない俺は口を開けずにいた。
「あれは、どうしようもなかった。ヒーローが周りにいなくて、あの場に適した個性を持つ人間がいなかっただけの話だ」
淡々と言い、コーヒーを流し込む相澤。
温くなった赤い缶をじっと見て黙り込む俺。
「自信が無い」
相澤が言い終わって数拍。アイツが足元に言葉を転がした。
「私は、人の命を守れる自信がない。あの日階段を駆け上がる途中、間に合わないって諦めた」
俺達が知らなかったビルの中。アイツは絶望と言う重りを背負い階段を駆け上がったのだろう。
その重さに、足が動かなくなったのだろう。
「どの道、俺達には何も出来なかったよ。間に合っても、間に合わなくても」