第1章 This is insane
相澤の言葉は冷たく聞こえるだろう。
だけど、俺も心の何処かで同じ様に思っていた。
「違うじゃん……それを助けるのがヒーローでしょ」
震える声が暗い廊下に響く。
「じゃあ何か?ずっとあの日に、あの自殺した子に囚われながら生きていくのか?それでヒーローになれるのか?」
「だから!だから、そうじゃない。私はあの日、足を止めてしまったの……そんな私が、ヒーローになれるのかなって」
蓋の開いていない缶を置き、大きく叫んだアイツの肩はやっぱり薄かった。
「あー、そのなんだ。落ち着けよ二人とも」
いたたまれなくなって、少し無理をして明るく振舞ってみた。
「まぁぶっちゃけまだ俺も引きずってる。群がる一般の人全然俺の話聞かねーんだもん」
刺さる視線から逃げるように顎に手を当て、思い返す。
頭上に渦巻くどす黒い何か。人の死を目前にしているのに好奇心で輝く瞳。全部、怖いと思った。
「でも俺も、千夏も、相澤も。皆あの時出来ることを精一杯やったと思うぜ?それを次に繋げる事が大事なんじゃねぇの?」
遠くの方から声がする。
夕飯の後片付けが終わり浴場へ向かう同期の声だろう。
「俺は、体育祭のあの時、千夏を殺して敵にでもなってやろうって思ったよ」
誰も触れず、うっすら埃をかぶった少し前の記憶。
「その後に人の命の終わりを見た。どんな気持ちで飛んだとか、どんな事があってどんな風に苦しかったか辛かったかなんて俺には到底分かんねぇ」
言っておきたい気がした。
それは決意表明にも似た、気持ち。
「でも、もう二度と足元に紅い血を流れさせたくねぇなって思った訳。その為にはまずは仮免とってああいう場面でバンバン個性使える様にしねぇとだろ?」
声がすぐそこまで来ている。
ぱんと手を打ち笑って立ち上がる。
「俺は一度、……体育祭でヒーローの道から逸れそうになった。……前向け、前。俺らは命の重さを知れた。それは何よりもでけぇ一歩だ」
「山田〜!相澤〜!風呂行くぞ」
笑っていれば、何かいい事はある。
俺が笑って、アイツの心が少し軽くなるなら安いもんだと思う。
「千夏、大丈夫だ。お前は立派なヒーローになれるよ」
柔い髪に手を置いた。撫でれば指に絡み付く。りんりんと鳴く夏の夜、初めて心が締め付けられた。
恋とは、こういうものなのか。