第1章 This is insane
大通りへと走った相澤はヒーローを見つけられただろうか。ビルの中へ駆け出したアイツはいまどこら辺にいるのだろうか。そんな事を知る由もなく集団から小さな悲鳴があがった。
背中越しに何かが地面に叩きつけられる音が聞こえた。
俺はヒーロー志望なのに、何も出来なかった。
振り返ることすら、出来なかった。
やっと眼球を動かせたのは真下。
見た事のない紅が、足元に流れてきた。
あれだけ騒がしかった周りが静まり返り、眩いフラッシュが俺を襲う。
「……撮るなよ……お前ら……アホかよ!!!!」
真っ白かった自慢のスニーカーが赤く染まる。脂汗が吹き出し眼鏡がずり落ちる。暑い夏の夕暮れ、誰に向けてか分からない不思議な怒りに泣いた。
「……山田……」
人だかりの向こうから相澤が少し青い顔をして俺を呼ぶ。
「下がって!下がって!」
黄色いテープを準備する警察と現場の状況を確認するヒーロー。
その傍らで俺は相澤にもたれ掛かり泣いた。人目をはばからず、声を上げ泣いた。
「……山田、音無は?」
一頻り泣いた俺はその言葉にハッとしてビルの中へ駆け込んだ。非常階段を駆け上がり見つけたアイツは吐瀉物の真ん中で静かに涙を流していた。
周りにいた警察が駆け付けた俺達を見てアイツを指差し友達かと聞いた。
小さく頷き、俺と相澤はアイツを抱き締めた。
小刻みに震える体はどれだけ強く抱いても止まらない。
「千夏……」
「音無……」
同時だったように思う。
「……目が合った」
冷たい指を口元にあて、アイツが言った。
「落ちる途中、私の方を見た……それで、笑ってた……」
「もう良い。何も喋るな」
カタカタと音を立て震えるアイツを強く抱きしめて相澤が言う。
「助けられなかった……窓開けて、手を伸ばしたら、助けられたかもしれなかった……」
「俺達も、助けられなかった。同じだ」
十六と十五。ヒーロー志望の俺達は意図せず命の重さを知った。
のほほんと明るい未来を思い描く同期達。
足元に流れ込んだ紅を見た俺。
心の奥底に隠されたどす黒さを見た相澤。
そして、命の句点を目の当たりにしたアイツ。
平等に生を受け、ほんの少し個性という名の不平等さを割り振られた、子供。
何も変わらない子供だったのに、生と死を知った俺達三人は足並みが揃わなくなっていた。