第1章 This is insane
「なんっ……だよ、あの闘い方」
細い肩を掴み壁に押し付けた。
下から俺を見上げるその瞳は、真っ直ぐだった。すぐにこれは負け惜しみで言い掛かりと気付いたが後戻りなど出来なかった。
俺のちっぽけなプライドがそれを許さなかった。
「馬鹿にしてんのか?あぁ?」
肩を掴んだ拍子に指に絡まった細く柔い髪が千切れた。
だけど汚い言葉は止まりやしない。
「なんだよアレ。なぁ?!俺は個性だけ派手で大したことねぇって言いてぇのか?だから小石で十分ってか」
薄暗い通路。光が指す向こうでは第二試合が始まろうとしていた。
「なんとか言えや!なぁ!!!」
俺の個性は声が命だ。
それは誰かを口汚く罵る為のものでは無い。
それなのに、口から出る言葉、目から流れる涙が止まらない。
何も言おうとしないアイツの喉元に腕を押し付けた。
ぐっ、と小さな呻きのような声がした。凹凸の無い喉元。細く今すぐにでも折ってやれそうな首。
「お前の事、気に入らねぇわ……殺してぇ」
こんな屈辱を受け、這い上がれる気がしなかった。きっと明日から馬鹿にされるんだ。なんたって、この大観衆、テレビ中継。後ろ指さされて生きていくなんて、無理だ。
幼い頃に言われた。目つきが悪いし個性は敵向きだと。
ならばアイツを殺して、敵の仲間入りでもしてやろう。
腕を退け、指を首に這わせる。片手で締めあげれる程に、細い。
「山田……?!」
息を切らせて向こうから友が叫ぶ。
「……相澤、悪ぃ。俺はヒーローになれねぇ」
醜い感情がぼたぼたと床に落ちる。腕からアイツの首に伝う。
「やま、だ……だめだ、よ」
小さな掌が俺の腕を掴んだ。そして途切れ途切れで、話し出す。
「山田の、個性は……すごい……ぜった、い、ヒーローになれる」
力に任せて締めあげていた指から力が徐々に抜ける。
食いしばった歯を緩めれば漏れるのは嗚咽。
「……音無、大丈夫かっ……」