第1章 This is insane
「私が勝つよ」
よろける俺をじっと見て動く口は最小限。舌打ちをすると血の味が広がる。
歓声も下手な実況も聞こえない。耳に蓋をした様にアイツの声だけが響く。
「笑わせるなよ……お前と俺が互角にやり合えるって?」
赤く染まった痰を吐き捨て笑うと構えた腕を降ろしてアイツが首を傾げる。足元に転がる小石を蹴って、動きが止まった。
個性の相性が悪いと、いつも演習で避けてきた。
横目で盗み見たアイツの動きは下の中。負ける筈が無かった。
「……やり合えるよ」
「山田!後ろだ!」
アイツの声と友の声が左右の耳から突き抜ける。
直後、後頭部に小さな衝撃が走った。驚き痛みの元を探し振り向いて尻餅をついた。
床に着いた手の横には、小石。アイツがさっき蹴ったであろう小石。
「……女だから舐めてんの?それってめちゃくちゃ失礼じゃない?」
見下していたアイツが、俺を見下ろして言った。
むんずと掴まれた足首。ズルズルと引き摺られて場外へ。何かを掴もうとした。だけど掴む場所など無く暴れてばたつかせる足は空を蹴る。
「石蹴った音聞こえた?どこに蹴ったか見えた?飛んでった音、山田の耳には届いてた?私は個性なんて使ってないよ」
体格差はあるのに、ズルズル引き摺り淡々と話すアイツが立ち止まる。
友と戦うにはこんな所で負ける訳には行かない。
「こんなん……ズリぃだろ……」
「どこが?」
悔しさか、恥ずかしさか、己の自信をバキバキに折られたからか。
視界が滲む。今更になって煽る下手な実況が耳を叩く。
「音無強い!あのコントロール力やべぇ……半円描いたぞ……W杯出れんじゃねーのアイツ!」
「次もしやり合うなら、本気でやって」
押し出されて歓声。場内が揺れる、唸る。
屈辱を知った十五。控え室へと歩き出すアイツの背中を見て、初めて頭に血が上り言葉にならない声を上げアイツのジャージを掴んだ。