第2章 百鬼夜行
手首の内側をちらりと覗き込む仕草に思わず見とれて、人混みの波にぶつかった。揺らぐ事は無い。じとりと視線をぶつけた相手に向けると、見知った顔が。
「……あ、天童さん」
「わぁ〜……太一と賢二郎〜」
会いたくない訳じゃないけど、タイミングが悪い。背中がゾワゾワと気持ち悪い。横に咲いていた花がみるみる枯れていくのが何故か手に取るようにわかる。
「お久しぶりです」
相変わらずの口ぶりの賢二郎が、横をチラリと盗み見て口を閉じた。なんとも言えない空気が祭囃子に叩かれてなんだか萎えていく。
掌から逃しそびれた小さな手が、小さく出したSOS。
「じゃあ、デート中だからまたね。鍛治くんによろしく!」
前に引っ張って歩く。かたかたと鳴る下駄と上がる息。履きなれたシャワーサンダルが軽快に鳴って 、それを嘲笑うように歪に奏でられる祭囃子。
「天童さんっ」
「覚でいいよ」
「覚さん」
その言葉にやっと足を止めた。
振り向くと伏し目がちにおくれ毛を気にする千夏ちゃんがいて、気付いたらそっと頬の汗をすくい上げていた。
流れる汗すら冷たくて、突然の接触に驚き顔を上げたその瞳の暗く仄暗い紺色に肝がまたぶるると冷えた。
「そうじゃないよ」
「……覚」
きっとその時の俺はとてつもなく奇妙な顔をしていただろう。
恍惚と、恐怖が混じった、なんとも言えない顔をしていただろう。