第2章 百鬼夜行
大学生になってからも、時たま家に来て俺のベッドに横たわるその子は出会ったあの日から変わらずに控え目に声を上げ、泣く。
「天童さん」
「覚でいいよ」
吐き出した白濁を拭いながら時計を見ればもう丑三つ時だ。
「夏ですね」
捲りそびれた月刊バリボーの付録のカレンダー。八月は我が友がピンで飾っている事に気が付いていそいそとカレンダーを捲る。
「夏祭り、リベンジしていいですか」
絡み付くことも無くベッドで静かに言うその子。振り向いてゾッとした。
夏の夜、淡い月明かりを受け微笑むその姿はまるで雪女の様に、儚げだった。
「雨、降らないといいねぇ」
その子と交わるようになり体の奥がズキズキと疼く。好みかと聞かれればNOだ。それなのに俺のベッドで申し訳無さげに涙を流すその子を見て、胸が痛くなる。
小さな罪悪感を抱いたままその子を弄ぶならきっぱりと断ってやった方がいいに決まってる。薄ら目を閉じ小さな寝息に耳を傾けそう決心した。
太鼓の音が心臓を突く。
砂利を踏みしめる足音が、時間を揺らす。
水色に花弁の浴衣、そんな歌が脳内に響く。
「ごめんなさい、待ちました?」
声のする方を向けば、水色に花弁の浴衣は無くて百鬼夜行に紛れそうな濃紺の浴衣。
「ンー、待ってないよぉ」
ちょいと紛れてみようと思ったのは、夏のせい。
そしてここを去る頃に、別れを告げて叶うなら百鬼夜行の仲間にでもなってやろう。