第5章 青色ドロップ
「すみませんっ…よそ見、してて」
もう何度そうして謝ったか分からない。
掠れ上擦った声で、謝罪を述べ軽く頭を下げ、また走り出そうとした名前だったが、不意に腕を掴まれ体が固まってしまった。
反射的に下がっていた視線をあげれば、丸井ブン太が、そこに居た。
いつものようにフーセンガムを膨らませていた私服姿の丸井は、ぱんっ、と乾いた音を立てそれを割ったあと深いため息をひとつこぼした。
「…なんでお前は会う度泣いてんだよ」
呆れたような表情を零しながら、丸井のもう片方の手が涙の跡を優しく拭っていく。春だというのに冬のように酷く冷えきっていた名前に、丸井の手の温かさはとても心地がいいものだった。
その温かさに、もっと触れたいと思った。
体が、心が、寒くて寒くて耐えられなかった。
しかし、男友達である丸井に縋りつくことは少し躊躇ってしまって。助けを求めるようにあげた手は、虚しく空をかいただけですぐに引っ込めようとした。
が、それを丸井は許さなかった。
引っ込めようとした手を掴んだかと思えば強引に自身の方へと引き寄せて、名前を自身の胸へと飛び込ませた。一度手を離し、後頭部と腰へとそれをやれば、二人の距離はぐっと縮まった。互いの体温感じ、互いの鼓動を感じる。
「丸井く…ちょっと、」
「いーから、大人しくそのまんまでいろい」
「……ありがとう」
「んー。お礼はミスドのドーナツでいいぜ」
「うわー…タダじゃないんだ」
笑いながらそう呟けば、丸井の体が微かに震えた。笑い声が上から降ってくる。その振動と、降ってくる笑い声にーー酷く心が落ち着いた。
「ばーか。世の中ギブアンドテイクだ」
「そっかーギブアンドテイクかー」
「……ほら、もういいから、ちっとは静かにしてろい」
「丸井くん…ありがとうね」
「……おー」
小さく礼を述べた名前に、丸井も同じように小さく相槌を述べた。
それを聞いた名前は、目を瞑りそっと丸井の胸板に顔を埋め静かに涙を流し始めた。丸井と会ったことで一時は引っ込んでいた涙が、再び堰を切って溢れ出したのだ。
次から次へと溢れる涙が、丸井のグレーのシャツを濡らしていく。
「…楽しませよう会、二回目しねぇとな」
ぼそりと呟いた丸井の言葉は、名前には届いていなかった。