第2章 桃色ドロップ
苗字名前は頭がすこぶる良かった。
勉強など特にせずとも、一夜漬けをすれば全教科満点は取れるしまだ教わっていない高校三年レベルの問題も一度教えれば間違うことなく全て解き明かす事ができた。
加えて運動神経はとても良く、どの部活からも我が部に来てくれてと引っ張りだこだった。
そんな彼女がいる学校は東京…青春学園。
幼馴染であり家がお隣同士だった不二周助は、彼女について聞かれるといつもこう話す。
「頭は良いんだけれど、頭がちょっと弱い…かな」
ふふ、なんて品のある笑いを零しながら話す不二周助に、彼女と話したことのない者達は意味が分からず必ず首を捻る。
…しかし、彼女ーー苗字名前という人間と接して、そこではじめて首を捻っていた者達は不二周助の言葉の意味を理解するのだ。
* * *
「ここが立海大付属中学校!!」
苗字名前は大きな校舎を仰ぎ見た。腰に手を当て、背筋を反らせながら満面の笑みで校舎を眺めている彼女に、通り過ぎる立海大の生徒達は不審者を見るような視線を送っていた。
季節は四月。見惚れるほど綺麗な桜も花弁を地面へと散らし、葉桜となってしまった頃ーー名前は両親から転勤の知らせを聞いた。
産まれた時から東京に居た彼女。勿論引越しなんて事も、転校転入なんて事も初めてだった。
テーブルを挟んで向かいに座る父親は、至極申し訳なさそうに使い慣れた傷だらけのテーブルへと視線を落としていた。
ーーなんで?転校なんてしたくない!
ーー皆と離れたくないよ!
ーー私はここに残りたい!
静かに口を閉ざし黙ってはいるが、心の中では酷く悲しんでいたし、子供のように暴れていた。
しかし、それを口にも態度にも出さないのは、テーブルへ視線を落としている父親の表情が辛そうなものだったからである。引越しが嫌なのは、自分だけではなく父親や…母親もそうなのだ。
そう頭ですぐに理解できて、名前は短く息を吐いたあと、豪快に笑って見せた。
「心配ご無用だよお父さん!私はもうあと少しで中三だよ?転校が嫌で泣いたりとかない!断じて!」
わはは!なんて男みたいな笑いをこぼしながら、名前は父親に笑いかければ…父親は安堵の表情を浮かべた。