第4章 黄色ドロップ
幸村精市からキスをされた。
何故、キスをしてきたか分からなかった。それに、"お前の事が好きだ"の前に"やっぱり"と言っていた。それも、分からなかった。
"やっぱり"という事はそれよりも前に、好きなのかもしれない、と思っていた時が幸村にはあったのだろう。
ーーなんで、私なんかを?いつから?
名前はぐるぐるとそんな事を考えていた。
キスをされたあのあと、名前はどうしていいか分からずどもりながらも普段と変わらない会話をしていた。
部活行ったんじゃなかったの?忘れ物取りに来た?もー私に小言言う割には抜けてるなぁ。あ、本当にああ言うのは気にしないでね。あっもうこんな時間だ!帰らなきゃ!。
キスをされた事に一切触れず、矢継ぎ早に話すと名前は早々に教室を出ていってしまった。半ば飛びだすように教室を出て、鞄を持ってくるのを忘れたという事に気がついたのは家に着くまであと数歩と行ったところだった。
鞄を持たずに帰ってくるなんて、と。自分のあまりのアホさに膝から崩れ落ちそうになったがなんとか持ち堪え家へと滑り込んだ。バタンとドアを閉じて、そこに背中を預ければ途端に力が抜けずるずると座り込んでしまった。
背中にはドアの、尻にはタイルのひんやりとした感触を味わいながら一時間ほどただぼんやりと座っていた名前であった。
それが、昨日の話である。今は日付けを跨ぎ翌日の朝、登校時間だ。学校までそんなに離れていないので、いつもなら歩いてすぐに着くのだが、今日は違った。
頭の中にどっしりと居座る幸村とのキスシーンの映像と、胸に引っかかる幸村のあの言葉が離れず自然と足が重たくなってしまっているのだ。
「駄目だ駄目だ!こんなんじゃ駄目だ!あれは多分、そう!スキンシップだ!庇ってくれてありがとう~、的なのりのスキンシップ!よし考えるの終わり!ワハハハハ!!」
周りに人が居るにもかかわらず名前は一人豪快に笑い声を上げた。
考え事をするのが苦手であり、嫌いな名前。
最終的にはいつもこうして笑って悩みやなんかを吹き飛ばして、いつも通りに過ごすのだ。だから、今日もいつも通りに過ごそう。変によそよそしくしたらかえって失礼になる。
そんな事を思いながら、名前は頬を強く叩き駆け足で学校へと向かった。