第8章 ドロップス
須野の別荘での時間はあっという間に過ぎ、月曜日となった。散々遊び倒したせいかまだ少しだけ疲れが残っていたし、加えて月曜日という事でやる気が半分以上出ていなかった。
出る欠伸を手で隠しながら教室へと向かい、もうすっかり見慣れたドアを開き中へと足を踏み入れた。
朝の挨拶を述べてくるクラスメイト達にそれぞれ挨拶を返し、名前は自身の席へと足を向けた。そして、ふと違和感に気がついた。
「あれ?…戻ってる」
机が戻っていたのだ。休み前の放課後。幸村とあんな事があり机を取り替える事をすっかり忘れてしまい、てっきりまだ幸村の机のままだと思っていたのだが。
今名前の視線の先にあるのは、紛れもなく名前が以前から使っていたもの。目印がわりの跡もちゃんとある。しかし、マジックで書かれていたあの汚い言葉の数々はなかった。
見る影もなく、消えている。
まるで名前が立海に転入してきた時のように、少しだけツヤを持っているその机に訳が分からず目を瞬かせながらじっと見つめていると、不意に背後に気配を感じた。
「あ…おは、よ」
反射的に振り向けばそこには宮野がいて、思わず上擦った朝の挨拶が漏れた。
彼女はじろりと名前を睨みつけた。怒りやらなにやらが混じった目だ。その目を向けられた途端ーーふっと思い出した。彼女が、幸村になげたという暴言を。
"幸村くんに謝って"
そんな言葉が口をついて出そうになった時、ふと我に返った。
ーーいや、私だって幸村くんに謝らなきゃいけないのに、なにを上から目線で言おうとしてるの?
酷く自己中心的な自分の思考に、名前は眉を寄せると、それとほぼ同時に小さな小さな、ごめん、という言葉が耳に滑り込んできた。
驚いて大きく目を見開けば、気まずそうに視線をさ迷わせた宮野の目には薄らと涙が見えた。
ーー泣いてるの?
何故?と困惑する名前の心情を読み取ったかのように、宮野は大きく深呼吸したあと勢いよく頭を下げてきた。しっかりと腰をおり、自分に向かって頭を下げてくる彼女に、名前は訳が分からずますます困惑するばかりだ。