第2章 異変
「あるよ。子どもの頃は、どうして私、男の子に生まれなかったんだろうって思ってた。……ヒーローに、憧れてたから」
「ヒーロー?」
「そう。テレビでやってる、戦隊物やライダーのヒーロー。女の子のヒーローもいるけど、やっぱり男の子のヒーローが格好良く見えて、自分も男の子だったら良かったのにって思ってた」
「そっか」
「だからさ、テツくんやindigoの皆が羨ましい。格好良いもの。皆、自分にできる精一杯のことで、お客さんを楽しませて、キラキラ輝いてる。……そうそう、晶さんも、なぎさママもね」
「店長やなぎさママも?」
「二人とも、最高に格好良い、イイ女だと思わない? 私、男に生まれ変わるなら、indigoの皆、女に生まれ変わるなら、晶さんやなぎさママみたいになりたい。憧れてるんだ」
なぎさママはいわゆる「オカマ」だ。もう何十年も渋谷界隈を仕切っている、複数の飲食店のオーナーで、その店舗はindigoのアフターにも良く使われている。怒らせると怖いが、根は優しい人柄で、情に厚い。テツとアフターで、なぎさママの店に何度か通い、顔見知りになるうちに、風音はなぎさママに好感を抱くようになっていた。
急にテツがうつむいたから、風音はビックリした。テツの肩がわずかだが震えている。
「テツくん……?」
「……ごめん。なんでもない。キーリング、大事にする」
顔を上げて、無理に笑ったテツの瞳が赤かった。風音は黙って、自分の手のひらに残ったキーリングをバッグにつけた。
その日、ドンペリは諦めたものの、風音は飲みまくった。テツの震える肩と赤い瞳を見てしまった罪悪感。そして、少しでもテツの売り上げに貢献したかった。
「風音ちゃん……?」
心配そうなテツの声が聞こえるが、もう返事をするのもだるかった。
「風音ちゃん、寝ちゃったの?」
晶の声が聞こえる。
「仕方ないわね。事務室の奥の、私のベッドを貸してあげて。テツを心配して来てくれたんでしょう?」
犬マンの声がした。
「風音ちゃんは俺が運ぶよ。テツ、風音ちゃんの荷物を持ってあげてくれ」