第3章 別れ
ガラス越しに会ったテツは、風音を見ると、悲しそうな顔をした。
「風音ちゃん」
「テツくん!」
かなうことなら、ガラスを越えて、テツの元へ行きたかった。そして、そんな悲しい顔をしないで欲しいと言いたかった。
「……知ってるんだろう? 俺が何をしたかも、俺の本当の名前も、俺が女だってことも」
投げやりというより、事実を淡々と告げるようにテツは言った。
「ニュースで見たよ。……でも、私にとって、テツくんはテツくんだから」
風音の瞳からポロリと涙がこぼれる。
「初めて会った時から、ずっとテツくんのことが好きだった。今でも大好き。男でも女でも関係ない。何をしても関係ない。そのままのテツくんが大好き」
気がつくと、ガラスの向こうでテツも泣いていた。
「俺、好きになる人を間違えたな。……最初から、風音ちゃんのことを好きになっていれば良かった。風音ちゃんは絶対に俺のことを『可愛い』って言わない女の子だったのに」
「待ってる。こんなガラス越しじゃなくて、テツくんに会える日をindigoで待ってるから」
ゆっくりとテツは首を横に振った。
「俺のことなんか忘れて、幸せになれ」
風音は食い下がった。
「じゃあ、テツくんがもう一度、誰かのことを好きになってもいいなって思える時が来たら、その時、私がまだテツくんのことを好きだったら、あのキーリングを持って、indigoで、また会ってくれる?」
その日、面会してから初めて、テツが微笑んだ。初対面の時から変わらない、風音の大好きな少し照れた笑顔。
「いいよ。その時は一緒にドルフィンの水割りを飲もう」
あれから、何年経つのだろう。風音はindigoに通いながら、テツの帰りをずっと待っている。
夜の商売が1時で閉店になる決まりができて、indigoが一部と二部の二部制になったりして、いろいろ変わったことはあるけれど、それでも風音は待っている。
バッグに下げているのは、イルカのペアのキーリングの片割れ。いつか、もう片方に会える日まで、このキーリングも待っているのだろう。
そして、今日もインディゴブルーの夜が、渋谷の街を訪れる。